飛行機の日について私の病気になりたての

頃には当時のモノクロテレビの頃によく連載

されましたものには兼高かおるの世界の旅

と言うテレビ放送が有りました後援や協力は

パンアメリカン航空か?日本の最大手の

業者などや放送局や大使館などの協力の

番組が有りました。もし間違いが有りましたら

5,60年前の記憶ですのでご了承ください。

その当時は興味本位に見てましたが、何故なら

芸能人や有名人がハワイから羽田に着くと銀座まで

オープンカーでパレードした時代でした。私共には

夢の世界でした。が現在を振り返ると暇とお金と

健康な人なら誰でも海外旅行が行ける時代に

なりましたが、当時の世界の旅が大きな役割を

果たした事には国民に貢献したものと思います。

世田谷区の或るリハビリセンターには高月病院

より当時の担当医k先生のお世話になりケースワーカー

さんの案内されて行きました。診察日には今お金が

有れば何を買いますかと聞かれて自転車です。と言う

その後は今迄に長い間入院でしたので旅行らしいことは

行く事は無く行けたら行って良いですかと聞いた見たら

健康状態の良いなら1,2週間の旅行なら良いです。言われました

その後海外旅行を4回ほど行きました何れも添乗員の

付くツアーで行きました。何処に行くにもパスポートは必要でした

昔のテレビを観て居ました当時は自分が海外旅行に

行くなどとは夢にも思いませんでした。此れも今までに

働いた努力と病院の先生方や看護師さん事務職員や皆さんの

お陰と思います。リハビリテーションセンターの皆さんの

先生や事務職員や同僚のお陰でした。お世話になりました。

令和3年を年末の御礼に書いて見ました。pk718-270ミリ

令和3年12月17日記椚秀司