5歳の時、息子撮影の哲学の木。


 
イメージ 1


 

確かに立入禁止のその木の下には誰かが写っている。その「誰か」を写そうとしたらしい。悪い奴をね。



僕が写真学科生の頃、長野で。

「先生、立入禁止のロープ越えていますよ!」って言ったら、「このぐらいえぇ」って返ってきた。「そんなん言うとったらえぇ写真撮られへんわ」とも。

当時、プロのカメラマンはメーカーで常にメンテナンスされたアマチュアとは違う機材で、アマチュアとは違うエマルジョンの管理されたフィルムを駆使し、アマチュアとは違う「エリア」で撮影していた。もちろん技術もセンスも全く違う。そして肖像権より著作権、そんなこともあった。平成になる前の頃。

作品のためならどんどん前へ進む。ワンカットのために我が前へと。

それが出来ないのなら留年するしかない。留年を繰り返せば卒業は出来ない。



でもルールを守って、限られた条件で、そしてその機材で。

いくらでも作品は作れる。




あの時先生に反論できずずっと考えていたが、今俺に生徒がいて

「先生、立入禁止のロープくらい越えないといい写真撮れませんよ」って言われたらこう言うだろう。




「君はあと10㎝向こう側へ行って撮っても、自分の気持ちを10㎝向こうの相手には伝えられないだろう。10㎝過去の自分にもね」と。





俺はミリ単位でアングルを決め最高の一瞬をクライアントに売っているのだが、人んちへ土足で入り込む輩は、こうして非難を買い、そして笑われ、しょうもない写真を写すのだから余りにもご不幸な趣味だ。


仕事なら、こんな仕事しかないのかね。