
近くにある苦そうな方、飲みやすそうな遠くにある方。。。
お好きな方をどうぞ。
僕の入れたお茶です。毒は入っていません。毒の仕入れ先も入れ方も知りません。
僕はお茶を入れました。
二通りの入れ方で。
お好きな方をどうぞ。
画像修整はしていません。
お好きな方を。。。
で、両方飲みました。
うまい。
沸騰したお湯を乱暴に茶葉にぶっかけるより
ちょいと冷ましてから、ほんの少し冷静になって注いだお湯で労わったお茶の方が
やさしい、本来のやさしい味わいを、僕に返してくれた。
明日の仕事にはこいつを冷やして持っていこう。
眠気も全て吹っ飛ぶからね。
この写真、同じ濃さの同じ分量のお茶です。
器と、位置と、光の当たり方が違うだけ。
おんなじお茶。
おんなじ味。
おんなじ人が入れた。
明日、今日よりもっと雨でも晴れでも
僕は僕のお茶を入れる。
ただし自分、そして自分が出会う人々が少しでも幸せであるようにと、願い。
その伝えた苦味に対し、理解そして解釈の中枢へと導かれることを望みつつ自問自答。
たとえ明日の朝は雨でも、構わない。
二つのお茶の味さえ知っていれば。
そして恵みの雨はいつまでも続かないことも、知っている。
憎しみの黒い雨が虹色を照らし出すことも。
僕は何も変わらない。
そのことに気づいた頃から、何も変わらない。
お茶の味も、夢も、憎しみも、そして人を許すということも。
何も変わらない。