akariのブログ  けやきハイツ102 -75ページ目
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さかのぼること春休み、いとこズアルバム。かめら


はるばる来たぜ札幌より、実家の母ユミコと妹かりんこ・
ひいろとナイトが遊びに来た。まりもっこり

この日を幾度、いつから指折り数えていたことか。

私もいつになく頑張って、豆腐ナゲットとポテトを揚げて
オムライスおにぎりむすんで、薬膳スープ仕込み、
パテとマリネとポテトサラダも作っておもてなし。



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襟足がイカっぽい




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待ち侘び、急にテンション上げすぎたせいか、
はたまた寝不足祟ってか、わーさん嘔吐ダウンドクロ

屋上deマシュマロ焼いた炎




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初体験のひいろ




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叔母バカなのかわからんが、
この人のピュアさ、ドジさ、ひたむきさ、素すぎるところ、
すっとぼけ、優しさ、かじりつきたくなる可愛さ溢れてるはと




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素敵なTシャツしまじろうキラキラ




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けやきハイツ前までザリガニ釣りに行ったっけねエビ
すぐ川に落ちて帰って来たね子泣き爺




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長いので続編へ続く・・・サボテンダー?たいよう








この春、花粉症の影響からか珍しく咳に悩まされていた夫。


私やあやたが、寝しなや明け方の咳に苦しんでる時、
「咳は我慢しろ。」
「咳をすると、余計、喉に炎症が起きて悪化するんだよ。我慢するか、減らす努力をしろ。」
「咳をする奴は愚か者だ。」
いかにも正論っぽく、理屈っぽく説いていた。


あやたなんかは、咳が出始めると
「おかあ、なんか咳出てきたんだけど、やだな・・・
またけんちゃんうるさいから・・・」
と小声で私にこっそり打ち明けてきて、不憫でならなかったし、
私自身も咳風邪を煩う度に説教され、軽く殺意を覚えていた。


それが、それがだ。


私の目の前に横たわるのは、
夜中じゅう、咳で悶絶してる彼の姿。



咳を、している!!


ここで沸き起こってくるのは、かわいそう、でも、うるさくてやだな、でもなかった。


反撃のチャンスを得た悦びだ。それしかない。今でしょ。


夜中、布団に包まって悶えている彼の背中をトントンとノックした。

「咳は、我慢出来るんだよ?」

何も返せずに悶絶していた。

楽しい。。



「咳をすると、喉を余計痛めるから、回数を減らす努力したらどうかな?」

腹の底から笑いがこみ上げてくるような感覚を得た。

愉快。。



「あのさ、どんなに眠くても夜中でも、起き上がってお湯沸かして飲むといいよ。」

グへへへへへ!!!



極めつけは、
「あのさ、教えてあげようか。咳をする奴は、愚か者なんだよ?」



彼はスックと立ち上がり、
「FUCK YOU(ファッキュー)!!!!!!」と叫んで、
部屋を出て行った。



その次の晩は、私が背中をトントンと叩いただけで、
咳まじりに近藤マッチの愚か者を歌いながら部屋を出て行き、別室で寝ていた。



その後は、水筒にお湯を入れてお守りのように携帯して、
その地道な効果からか、今は落ち着いた様子。




こうして彼も、少しずつ、一ミリくらいずつでも、
私たちと同じように経験を積んで学んでゆく。


自分が人にやったことは、遅かれ早かれ自分に返ってくるんだな、
大袈裟だけど、神様はいるのかもしれないな、と思った一件である。



そして今日、妻に向かってファッキューと叫ぶ愚か者も、
38という年の功を迎えたようだ。



38か。



愛憎の8年間。



相変わらず、良い時は最高で、悪い時は最低だけど、
助けられてることも、根底にある尊敬も勿論あるよ。


38歳、おめでとう。





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▲本日午後出社のため、出勤前に下北のかつ良でお祝い御膳祝









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思い起こせば去年の秋、某私立幼稚園を受けて、落ちた。


上二人は区立の二年保育だったのだが、
新居の近くにその某幼稚園のバス停があることと、
保護者の参加行事がほとんど無く、手厚い、という噂を聞いて、
ラク出来るかも?という淡い期待と、ピアノ教室の近くだし、
なんか縁があるのかも?と思って、説明会を聞きに行き、面接を受けた。


合格発表にて、紙には「補欠合格」と書かれてたけど、
落ちた人は皆そう書かれてたであろう空気が読めた。

面接をしてくれた、一筋縄ではいかなそうなおばあさんが、三名ほど。

どの質問に答えても、「ハア。」「ヘー。」という腑に落ちない顔をしてたな。
一つ一つの質問に、バカ正直に答えながら、
手応えの無さを空気で体感してしまい、後味が非常に悪かった。

サイが、子供のみの面接の時に、よっぽど
「なんだバカヤロウ。」とか、
「お前の罪を数えろ。(仮面ライダーW)」とか、
「俺に質問するな。(仮面ライダーアクセル)」とか言ってなければ、
幼稚園の面接は、親を見ると聞くので、原因は恐らく私か。


入試や、運転免許の試験で落ちた場合なら、
勉強不足だったな、とか、力が発揮出来なかった、なんて思えるけれど、
幼稚園で、それもお受験とかじゃなく落ちるって。


母子共に否定されたような屈辱と、
私のせいでごめんよ、という申し訳無さが残り、
何が駄目だったんだろう?何が他より劣っていたのか?
考えるだけ無駄なことを、やっぱり考えてしまうことが本当に嫌で、
一週間くらい落ち込んだ気がする。


それも時間が解決してくれたようで、今はもう何とも思わないけど。

きっと、久しぶりに着た黒いワンピースの
右肩に、小さい穴が空いてたのがバレたんだろう。
お母さんがみすぼらしいから補欠だったんだ、と今は思える。



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最近久しぶりに会った、あやたのクラスの
その幼稚園出身の子のお母さんに、
今年はかなり落ちたらしい、とか、
在園児の兄弟枠だけでひとクラスあったとか、
知人で、母子共に非の打ち所の無い人が落ちて、
その子と比べたら、え!?っていうタイプだけどコネがある子は受かったとか、
某体操教室に通ってる子が有利だった、
とかいう後日談を聞き、改めてスッキリした。


そういう世界だったんだと。
むしろなんだその世界はと。
お前の罪を数えろ!
という気持ちにもなった。
(幼稚園に対してね)


落ち込む事にも飽きてから、
サイを三年保育に入れることに関しては、突如
頭の上にサングラスを乗せて
腕組みをしながら「別に。」という心理状態になり、
もう調べることもしなかった。


きっと私が、色々とブレていた為に、こうなる運命だったのだ。




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というわけで、幼稚園の送り迎えの無い今年一年は、
無理なく、世間体を気にしたりもせず、のびのびやりたい。


ぴっぴの会は、会一の長老になってしまったにも関わらず、
あやた以降三度の産前産後を経て、休んでは復帰を繰り返し、
何かやろうとすれば、「いいよいいよ!」「やるよ!」と言ってもらい、
そんな声に甘やかされ続けて、気付くと何も出来ないし、
ここに来て、何していいかわからないことも多い。

本来、そういえば団体も共同作業も苦手な自分に、
自ら試練を与える自主保育。


面倒くさい相手とわかっていながら
夫と敢えて結婚した自分の変態さは他のことにも通じていて、
何事も、敢えて苦手要素を含む事や、面倒くさい道を選ぼうとする
自分の変態さはどこから来るんだろう。
自覚の無い心の闇の部分と繋がっているのかな。



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ともかく、今年はフレッシュな面々に混じって、
気持ちもフレッシュに、ぴっぴに入門し直す所存。

今は、午後一時半にわーさんが学校から帰宅するので、
週二は早めの時間から羽根木へ向かうことにした。


やろうと思った事、背中を押される気がすることの全てに
意味があると信じて、失敗しながらも
出来るだけ後悔のない日々を送るぞ。





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