サイ蔵どんが夜泣き、はじめました。
連夜、午前2~3時に驚愕の表情で目を開け、
天井や壁を見て「コワイ、コワイ~!!!」と怯え泣く。
しばらくは何をしても無駄で、立ち上がってあやし、励まし、
部屋を移動して徘徊しなければならない。
一体何が見えてるのか、もうこっちがコワイので、
よっぽどの場面でしか繰り出さない私の最終兵器
→般若心経(知ってるワンフレーズのみ)を唱えると、
寝たり、それでも寝なかったり。(はたから見るとかなり不気味
)
暗闇で立って抱っこしたまま、壁に寄りかかって白目の私を見て、
夫・ケンが「わーーっ!!!
」と飛び上がる、という悪循環の今日この頃。
《成長記録
》
今春に入園を控えた、根性なしの※エンコタレ娘の
心身を健やかに鍛えるべく、4歳にして歩行訓練中。
(そういえば故・おじいちゃんがウンコのことをエンコと
言ってた。方言なのかオリジナルなのかは謎のまま。
)
歩くのやだ!!
自転車乗りたい~~
もう疲れた…
だっこして!!
じゃあお菓子ちょうだい!?(関係ない)
ギャーーー……
悲惨極まりないのですが、これが現実なのです。![]()
あや太はもっと幼い頃、大のベビーカー嫌いで、
ベビーカーから下ろすその時まで、決して諦めることなく
延々と泣き続ける体質の、頑固幼児だった。
雨除けカバーは、怒りでブチ破った。![]()
よって、わっさんを妊娠後期まで
デカ腹の上でスリングに入れて移動してた。
それからわっさんが産まれ、月日が経ち、
わっさんをオンブであや太を抱っこしながら
空のベビーカーを押す生活に、心が折れていた。
家にいること、私は好きだが、
あや太は友達と遊びたがるし、
引きこもってるわけにも、なかなかいかない。
そこに舞い込んできた、電動自転車という名の文明の利器の導入は
我々にとって、ひとすじの救いの光のようだった。
が、これまた年月が過ぎ、はたと気付くと
自転車に頼り過ぎて、子供達も自分もてんで歩かなくなってしまっていたのだ。
便利というのは、恐ろしいもので、人から指摘されるまで
便利の裏側に隠れた諸々に不感症になっていた。
事故ったわけではないが、振り返れば、
自転車にまつわる失敗や過ちが、個人的にあり。
自分さえがむしゃらであれば、
生きていれば結果オーライ、という雑な感じ。
我が家の場合、わっさんの曲がった根性諸々も、
少なからずはココとも繋がってるのかもしれないという気がした。
今更ながらそんな気がしたら、もう止まらない。
しかしながら、これが一年前だったら!
まだ厳しかったかもしれない。
ここにきて、4、5歳~のあや太の著しい成長。
去年の秋には、自転車の補助輪も取れた。
(父・ケンのスパルタ練
により、一時間あまりで無理やり取らされた)
あや 「俺、歩くか自分の自転車がいい!」と言う。
荷物を、どれか持ってあげようか?なんて、持ってくれたり、
わっさんを盛り上げたり、細かいことを手伝ってくれるようになって、
私の負担が減り、行動がだいぶラクに。
そんでもって、こちらも気を取り直しておおらかになって
歩くこと自体を遊びの一環に入れたら、案外楽しかったり。
行きは、やれ歩きたくない、蜂の頭などとギャーピーうるさいが、
帰りはむしろこっちが、早く帰るよ!!と度々けしかけるほど
けど約20分の、自宅←→幼稚園の道のり、
と、たいしたことではないけど長々と綴る
歩行練、憤りと苛立ちと、清清しさと悦びのあいだ。



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わっさん作
、かぞく。![]()
右から、おかあさん・わこ・あやた・さいくん・ケンちゃん。
ケンちいさ!!



、などなど。





