小説「大後悔時代」 -2ページ目

小説「大後悔時代」

後悔は知らず知らずにそこにあるもの

24時49分


久しぶりの再会とはいえ、カオル自身は相手の顔を見てすぐ元妻の友人だと分かった。


しかし、彼女はカオルのことを知らない人間だと言っている。


頼むから、悪い冗談はよしてくれと言おうと思ったが、その顔は真剣だった。


では、なぜさっきの電話では迎えに来ようとしたのだろう。


久しぶりと言ってくれた彼女の発言は誰と勘違いしていたのだというのだ。


謎かけのようだが、いくら考えても答えは出ない。


側に付き添っていた警察官もその不自然さに気付き、彼女に質問をした。


当然、友人を迎えに来たと答える彼女だったが、その視線の先はカオル本人には向けられていなかった。


まるで早く本人と会わせて欲しいと懇願するかのような面持ちであった。


「ちょっと待ってくれ!俺だよ!カオルだよ!」


ずっと抑えてきた胸苦しさを一気に爆発させるかのように叫んだ。


だが、その声は誰の耳にも届いていないようだった。


その時、胸の奥底から込み上げてくる酸っぱい胃液のようなものを感じ、トイレに駆け込んだ。


何も出なくなるまで思い切り吐き出し、水道でうがいをした後、目の前の鏡を見た。


「これが自分?」


25時08分


警察官と元妻の友人が話している。


「・・・私は学生時代からの親友です。だからしばらく会ってなくても相手のこと忘れたりしないし、見間違えるなんてことはありません。」


「それに、悪いけど迎えに行って欲しいって連絡があったからここに来たんです。」


警察官は彼女の顔をじっと見ながら聞いていた。


職業柄なのか、嘘をついていないか見抜こうとしているようだった。


それから警察官は誰からその連絡があったのかと尋ねた。


「彼女の夫からですよ。」


24時17分


電話の相手は懐かしい声の持ち主だった。


学生時代からの古い知り合いだった。


しかし、どこからどこまで自分の置かれている状況を話すべきかカオルは迷ってしまっていた。


元妻と離婚したことは知っていただろうか。


その後、自分がどう生きてきたか誰からか聞いているだろうか。


こんな深夜に差し掛かろうとする時間に突然電話をしてきて、不快感を持っていないだろうか。


けれど、相手の親しみのある声と切羽詰まった状況のせいで、感覚が麻痺してしまっていたのかもしれない。



意外にも、彼女は自分のいる警察署の近くにいた。


というよりも、ある人からの電話でここに向かって欲しいということをすでに依頼されていたのだった。


どういうことかを聞こうとしたが、すぐに着くからと言って電話は切れた。


今の自分にとっては、身元引受人となってくれる唯一の繋がりである。


信じるしか残された道は無かった。


24時49分


本人の言った通り、電話の切れてから30分程度で彼女は到着した。


しかし、警察官によって引き合わせてくれた人物は、自分を見るなり怪訝な表情を浮かべていた。


自分は見てすぐに彼女のことが分かったのだが、相手はまるで何か別人を見るかのような目でカオルから離れたまま近づこうとしなかった。


警察官はどうかしたのかと彼女に聞き、その返事に動揺は隠せなかった。


「私、この人のこと知りません。知らない人です。」


24時09分


携帯をいじっていると、ふと奇妙なことに気が付いた。


かなりの数が登録されていたはずの電話帳メモリが消えていたのだ。


友人や知人だけでなく取引先の電話番号のほとんどがなかった。


残っている全メモリ件数は6件のみ。


勤務先の会社の代表番号


元々知っていた、元取引先の友人の番号


新たに知った元取引先の友人の番号


飛び降りた(?)元妻の友人


まだ掛けていない、元妻の友人


そして、留守電になった元妻の番号


ただ、あまりにも不可思議なことが続いているせいか、あまり動揺はしなかった。


しかし現実問題、身元引受人を誰かに依頼しないとこの場所から出て行けないという状況において、このメモリの中から選出するにはあまりにも厳しかった。


こんな深夜に会社に掛けても仕方がない。


元取引先の友人は既に掛けたが、留守電にもならない。


飛び降りた元妻の友人に繋がるわけはない。


そこで、もう一度元妻に掛けてみた。


だが結果はやはり留守電であった。


仕方なく、まだ掛けていなかったもう一人の元妻の友人に掛けてみることにした。


どこかで聞いたことがあるHIPHOP調のメロディコールが流れた。


そして、夜12時を過ぎているにも関わらず、相手は出てくれた。


「久しぶり」


全く知らない仲ではないとはいえ、あまりにも軽快な口調に思わず何て返せばいいか迷ったが、突然の夜中の電話をしたことをまず謝った。


そして、本来ならそういった状況ではないが、この電話の主がどこまで関わっているのかを探るためにも、質問をいくつかしようと思った。


もう誰かがいなくなったり、死んでしまうのは嫌だった。