アルバムにもとじていない、色あせた写真。
一人暮らしの僕の部屋の冷蔵庫にマグネットで貼ってある。
何人かで写った写真、僕の近く、他の友人を二人挟んで、君がいる。
この写真を貼っているのは、一見特に意味もないように見えて、その実本当は、君が僕の一番近くに写っていたのがこの写真だったから、という若干切ない事情がある。
そのくらい、君と僕とは距離があった。
高校のときの、同じ天文部同士。
特別に親しかったわけではないけど、他の親しくもないその他大勢のクラスメイトよりは少しは多く会話したかもしれない、そんな関係。
そんなささいな関係だったけど、ある日君と交わしたほんの少しの会話を、僕は今だに覚えている。
あれは部の合宿の日で、学校に泊まって流星群を見るというやつだった。
あの年は流星群がブームのようになった年で、そんなに天文に興味があるわけでもなく、楽そうだから入部した僕ですら、それを見ることは一大イベントだった。
僕らの学校は街中の高台でもなんでもないところにあり、星を見る立地としては大して良くはなかったが、さすがにブームになるだけあって、流れていく星がいくつも見え、夜の校舎の屋上に集まった僕ら部員たちは、その流れる光の筋を夜空に見出すたび、
「今の見えた?」「見えた!!」「スゲー見えるな!?」などと皆で騒いでうなずき合っていた。
そんなとき僕はふと、なんとなく後ろを振り返った。
流星群の流れている側とまるで逆の夜空を、君が見ていた。
「ねぇ、そっちは流星群見えないよ」
そんなことに気づいていないわけはないよなと思いつつ、僕は一応声をかけてみた。
「知ってる」
と君はぼそっと言った。
愛想もなにもない低いダミ声だった。
「え、じゃあさ、何を見てるの?」
「うーん」
そこで君は少し、言葉を選ぶような困った顔をしながらこっちを見た。
「なんかさ、たぶん日本中の今夜空を見上げてる人たちがさ、流星群の流れてるあっち側ばっかり見てるわけでしょ?でもさ、そうやってみんながあっち側に注目してる一方で、こっち側の空でももしかしたらなんかすごいことが起きてるかもしれないじゃん」
「えぇ?」
「超新星爆発とかブラックホールとかさ。そしたら誰かがこっちの空も見てないと、そういうのを見逃しちゃうんじゃないかなって」
「へぇー、な、なるほど?」
分かったような分からないような理屈に、僕がなんとなくふわっとした相槌を打つと、君はふいっとまた反対側の空に向き直って、ぼそぼそしゃべりだした。
「なんていうのは屁理屈で、本当は、なんかこっち側の空がさみしいんじゃないかって思ってさ。
みんながあっちの空ばっかり注目してたら、こっちの空はがっかりなんじゃないかって。
こっちの空の星たちの光だって、何万光年もかけてここに届いているのに」
それから君はこっちを向いて、
「あ、もちろん空や星がそんなこと思ったりしないってちゃんと分かってはいるよ。
でも気分的になんかさぁ」
と、バツの悪そうな顔で言った。
そのあと僕らは何か話したのか、何も話さなかったのか、もう覚えていない。
そのあと君ととても打ち解けて親しく話すようになったりもしなかったと思う。
だけどなんでかそのときの何気ない会話を、僕はずっと大人になってからふと思い出した。
それで大人になった今、僕は思う。
空にすらそんな気持ちを抱くなんて、それと似たようなさみしさを、あの頃の君も抱えていたんじゃないかって。
そしてたぶん、同じさみしさを、今の僕も抱えている。
地道に仕事を頑張ってても誰にも気づいてもらえなかったり。
周りの人を気づかったり優しくしたりすることが、いつしか当たり前みたいに思われてる気がしたり。
僕の事なんか、誰も見てくれていないんじゃないかって。
そんなさみしさに沈みそうになるとき、君とのあの時の会話を思い出す。
そして誰も見上げていない空を、ひとり見上げていた君を。
空にすらあんなに優しかった君。
君のようなひとが、この世界にいてくれたことは、少しだけど希望だ。
そんなふうに僕のことも、誰かが見てくれているかもしれないと、
そんな誰かに今は出会えてなくても、いつかは出会えるかもしれないと、思えるから。
高校を卒業して、僕は進学のために生まれ育った街を出て、そのまま都会で就職した。
たまに実家に帰っても、ごく親しかった友人数人以外とはまったく連絡をとっていない。
だからあれから君がどうしているのかも、知らない。
だけど、大人になった君は、もうそんなさみしい思いをすることもなく、君の事を見ていてそばにいてくれるたくさんの人たちに囲まれて、幸せにすごしていますように。
会社からの帰り道で、風呂上りに出たベランダで、ちょっと近所のコンビニに向かう途中で、
ふと夜空を見上げるたびに、僕はいつもそう思うんだ。
