本を読んだ。

以前からチェックはしてあったのだけれど、なかなか読み始めることが出来なかった。が、二週間ほど前ちょっとしたきっかけがあってやっとkindleにダウンロードし、読み始めた。

 

タイトルは「The Other Side of Complicated Grief」

著者はアメリカ人の女性だ。

 

彼女は小児科の看護師のバックグラウンドを持っている。

そして3人の子供がいて離婚をし、そしてシングルペアレントとして頑張りつつも疲弊しきっていた頃新たな相手と出会う。彼女は再婚し、新しいパートナーの連れ子二人も加わり、新生活を始める。そして自身の皮膚がん(メラノーマ)などを経て、4人目を授かる。が、幸せは長く続かず、最大の理解者であり強力なサポートをしてくれたパートナーはたった3年の結婚生活の後、飛行機事故で亡くなる。そしてその2年後、幼い頃から腎移植を2度も受けあいにくそれがうまくいかず、ずっと透析をしていた自身の息子さんが「これ以上心身の痛みに耐えられない。もう長く生きられないのだから透析をやめる」と言い出し、その若い命を自らの決断で終える。

その後彼女は自身の身体も壊してしまう。

そんな彼女が経験と知識から書いたGrieverのための本だ。

 

私は夢中で読み進めた。

私は著者ほどの大変な思いはしていない。

私には離婚経験はないし、子供を産み育ててもいないし、子供が移植が必要なほどの重病だったり、自身も深刻な病気になったり、そして再婚により血のつながりのない子供も家族に加わり、そしてその再婚相手と子供まで亡くなってしまう、そんな大変な思いはしていない。

だから一緒にしてはいけないのかもしれないけれど、Griefのプロセスの中で著者が感じる憤り、孤独、大きな悲しみ、そのほか色んな感情がすべて理解できるのだ。共感できるのだ。「そうそう、そうなの。本当にそうなの」と。

彼女の状況はパートナーの死だけではなく様々な事情が重なっていた。いわゆるComplicated griefだ。読んでいくと私の場合はいわゆる『普通あるいは一般的な人』よりも長引いていしまっている、Prolonged griefだという事がわかった。

 

半分少し過ぎたあたりで話はだんだん宗教的な話になっていく。Godがどうの、というものだ。

私は典型的日本人で、実家には神棚とお仏壇が同居し、私は神前式の結婚式を挙げ、仏教式のお葬式を行った。つまりあまり…宗教に熱心ではない。それゆえにGodがどうの、という西洋的な考えはどうしても理解できない。なのでそのあたりは少し流し読みをしていた。

 

さて。問題はそのあとだった。

彼女はご主人が亡くなって半年ほど経った頃、ミディアムと呼ばれる、いわゆる「向こうの世界の人と繋がれる人」の力に頼る。ミディアムにご主人の魂と交流してもらったのだ。

私はスピリチュアルなものは『よいことだけ』信じる。頼りきることはない。けれどそれで生きていくうえで背中を押してもらったり心にギフトを貰ったような気持ちになれるのなら良いことだと思う。もちろんお金をだまし取ったり高価なものを売りつけるなどは論外だけれど。

そう、その彼女はミディアムを通じご主人の話を聴いた。ご主人と彼女しか知りえないことなどをミディアムは次々と話していく。彼女はそれからというものの月に一回の割合でミディアムを通してご主人の声を聴くようになった。それは私は全然かまわない。「信じる者は救われる」ではないけれど、彼女が信じていてそれが支えとなればそれでよいのだ。かくいう私もミディアムに依頼したことがある。その話はそのうち書こうと思う。

 

さて。亡くなって半年してからミディアムを通じてご主人と会話をするようになった彼女だけれど、それから数か月がたった。そうするとご主人はなんと「マッチメーカー」なったというのだ。…つまり…彼女に再婚を勧めるようになった。

「君はまだ若い。子供もまだ手がかかる。君には君を支えてくれる人が必要だ」

そう言いだしたのだった。そしてご主人は「○○に住んでいて、△△関係の仕事をしている、これこれこういう感じの男性が君の相手だ。探すんだ」と言った。

彼女は最初は驚いただけだったけれど、ご主人が何度も何度も「探せ」と言い、とうとうミディアムがとあるオンラインデーティングのサイトがピンときた、と言い出した。ちなみにオンラインデーティングは北米では日本よりずっとメジャーである。もちろん怪しいものもあるけれど真面目に相手を探すものも多い。私の友人の何人かもそういうサイトでパートナーに巡り合い一緒になった。

ミディアムが言ったそのサイトに登録し、彼女は一人の男性(ご主人の言った条件に一番合っている)と出会う。

そして本にはこう綴られていた。

「そして私たちは結婚して7年になる」

 

え…?

7年?

私はしばらく固まってしまった。

えっと…本が書かれたのが2016年。ご主人が亡くなったのが2006年。息子さんが亡くなったのが2008年。オンラインデーティングに登録したのはご主人が亡くなって1年とか1年半くらいであろう。

え…?

そう。本の最初のほうには「私も10年経ちやっとグリーフが一つの区切りを迎えたと思えるようになった。けれどグリーフは一生続くものだ」とあった。

え?10年のうち、7~8年は…再再婚相手と一緒…。

パートナーが亡くなってたった1年かそこらでオンラインデーティングに登録…。

わかる(と思う)。たとえ新しいパートナーが出来たとしても亡くなった人の姿が消えることは一生ない(と思う)。どこかで折り合いをつけたり、葛藤しながら新しい生活を送るのだと想像している。

けれど…。

オットが亡くなって1年かそこら、というと身長163cmの私の体重が40kgを切ろうとしていたことに気づき「あー…このままだと私死ぬのかなー」と、それでも食べられず眠れずの生活から抜けられずにいた頃だ。いくらオットに直接「オンラインデーティングの登録」を勧められたとしても出来なかっただろう。

 

なんだかもやもやした気持ちを抱えながらカウンセリングを受けた。カウンセラーは「Geminiはどういう“彼女の現在”を期待していたの?どういうものだったら受け入れられた?」と私に聞いた。

そう、なぜこんなにもやもやするのだろう。私は混乱しながら考えた。

ああ、私は勝手に期待して、勝手に彼女にがっかりしているのだ。自分と似たルートを通っていない彼女に。

 

私は勝手に自分と重ね合わせ、勝手に失望してしまっていた。

3年で再婚したって全然かまわない。その人がそれで良いなら。

特に、そう、この人には自身の病気もある、子供もたくさんいる、一番下はまだ2歳だ。父親も必要だろう、支えてくれる人も必要だろう。経済的にも苦しいだろう。オットと二人暮らしだった私には想像のつかないものを背負っている。

けれど無意識に自身と重ね合わせ、自分と同じくらいの年数、それどころか1/3も経たないうちに次へのステップに昇っていった彼女に勝手に失望したのだった。

私はこの人に一体何を期待していたのだろう。

私は無理矢理自分を納得させようとした。

事情が色々あるのだろう、病気があって子供がたくさんいてなお素晴らしいパートナーと再再度巡り合えたこの方はよっぽど魅力的な女性なのだろう。

 

とりあえず…私のこの本への興味は急速に薄れた。なんとか最後まで読み終えたけれど再び読むことはないだろう。

そして今は「It's OK that You're not OK」という本をまた夢中で読んでいる。

Psychotherapist(心療内科医)であり、パートナーが湖で溺れ亡くなっている。この本は、「今まで専門家としてグリーフに関わってきた人間として、どれだけそのアプローチに間違いがあったか」「大事な人を亡くすという事はどういう感情に襲われどのような環境にさらされるか」ということが事細かに書かれている。まだ読み終えてはいないけれどとても共感できるし、Grieverとしての自分は日本だけでなく西洋文化の中でも「疎んじられる状況」なのである、と改めて理解することが出来た。

 

今は「どうか最後がっかりの展開になりませんように」と願っている。