接阻峡を過ぎると、昔鉄砲を持ったおじさんが立てこもり
日本初の劇場型犯罪が繰り広げられた寸又峡がある。
当時39歳の在日韓国人2世金嬉老(キム・ヒロ)が金銭
トラブルから暴力団幹部ら2人をライフルで射殺した後、
寸又峡温泉の旅館に、宿泊客ら13人を人質にとって
約88時間にわたり立てこもった。
その後、裁判で無期懲役が確定し、
1999年日本で仮釈放され韓国へ強制送還された後、
韓国で再び殺人未遂事件を起こし服役、2010年3月26日に
釜山市内の病院で前立腺がんのため81歳で死去。