歴代編集長リレーコラム あわわ14代目編集長/金本竜一
●タウン誌あわわ連載中【歴代編集長リレーコラム】
※あわわ30周年を記念して歴代編集長に当時の苦労話や、
今だからこそ言える告白など、当時の思い出を綴るコーナーです。
2011年9月号(8月25日発行)掲載
◎タウン誌あわわ
14代目編集長/金本竜一
編集長任期/2010年4月~2011年3月
どうも。あわわ史上最高齢で編集長に就任したカナモトです。
このコーナーを立ち上げた張本人なのですが、そもそもこのコーナーは、個人的に過去の歴代編集長に「あわわ噺」を綴ってもらい、自分自身のモチベーションの触媒にしたかったというのが企画理由のひとつでした。だって、40歳であわわの編集長ですよ。そりゃ、体力的にも精神的にもいろいろとトラブルも抱えている年頃ですからね。そうそう、当時は前厄でした。ある占い師からは「じっとしておいたほうがイイよ」と言われましたが、あわわ30周年という大役に応え、「中年の星」になるべく快諾しました。
さて、そんな中、あわわのリニューアルに取り組むことに着手したわけですが、まずは、バックナンバー全てに目を通し、傾向と対策を練りました。で、8年前に3年間ほど姉妹誌アーサの編集長をした経験をベースにリニューアルコンセプトを弾き出します。導きだしたテーマは、「面白くなければあわわじゃない」。最近のあわわに足りないと感じた「おもろさ」。過去に遡るほど、「おもしろいこと」にチャレンジしていたあの頃の勢いをもう一度あわわのコンテンツに注入したかったのです。
7月号で版型を今までのAB版からA4版に大きくし、完全リニューアルさせました。ほぼすべてのコーナーを一新し、特集ネタも王道の中でも切り口と見せ方に独自性を盛り込むことに注力。レギュラーコーナーで現在も連載中の「あわわンピース」は、「おもしろさ」にこだわったコーナーで、あわわ編集部スタッフではないのに(アーサ編集部スタッフ)、アーサ編集長に無理言ってリュフィを借りて企画したものでした。過去の名物コーナー「走れ!うなぎくん」「働け!つよし」に肩を並べられるコーナーに育って欲しいと思います。
最後に。心の中では2年間かけてリニューアルを完成させる計画だったのですが、諸事情で1年で後任へ座を譲ることに。「中年の星」にはなれなかったですが、今後読者の中でこの業界へ進もうと考えている人へ中年からアドバイスを。「編集者になるなら編集長を目指せ」です。編集長はすべての権限と責任を持つので、達成感はハンパないです。売れたら誰よりも嬉しいし、売れなかったら誰よりもヘコみます。その魔力は日常ではなかなか味わえないです。近い将来、このコラムを読んで触発されたスタッフと巡り合えることを願って、「あわわ噺」を締めたいと思います。
歴代編集長リレーコラム あわわ13代目編集長/森 香奈子
●タウン誌あわわ連載中【歴代編集長リレーコラム】
※あわわ30周年を記念して歴代編集長に当時の苦労話や、
今だからこそ言える告白など、当時の思い出を綴るコーナーです。
2011年8月号(7月25日発行)掲載
◎タウン誌あわわ
13代目編集長/森 香奈子
編集長任期/2009年4月~2010年3月
徳島IS、前期初優勝おめでとうございます!
斉藤監督はたしか「まずは選手たちの意識改革から!」とシーズン始めに仰ってました。少しの距離でも走らせたり、準備もテキパキとさせたり、そして「優勝する」という目標を必ず選手ひとりひとりの声で言わせたり、と。そうして、この結果。チームのみなさんの努力が生んだ結果であることはもちろんですが、「気持ち」の重要さに改めて気付かされたニュースでもありました。
思い出したのは8年前。
わたしが新人1年目の頃の編集部では「日本一おもっしょい雑誌をつくろう」とよく言い合っていたなあ、と。おおげさなことを言ってますが熱意は決して劣ることなく、日本一を目指すくらいの「気持ち」で企画や取材に向かっていた…というスタッフに囲まれていた新人のわたしは、同じくらいの熱量で先輩たちに怒鳴りまくられ、へぼへぼ編集部員だったのですが、徹底的にあわわイズムを叩き込まれ、その後、いつのまにやらあわわ編集長を一年経験し、このコラムを書いている次第です。
さて、たった一年間の編集長就任でしたが、その経験は本当に濃く、あまりに濃すぎて思い出せないほどです。その代わり、わたしが平スタッフ時代に企画した『とくしま県産キャラクター特集』(2006年7月号)や『次世代職人特集』(2007年10月号)や『ワンダーとくしま特集』(2008年4月号)についてをペラペラしゃべりたい衝動にかられるのですが、どうも編集長時代についてを書かないといけないようなので、記憶を掘り起こしてみることにします。
今思えば少々オタク色の強いあわわを作っていたような気が…。
一年間一緒にがんばってくれたGさんの影響でしょうか(Gさん、ありがとう!)。徳島のコスプレイヤーさんを紹介したり、県内のいろんな人(素人)に漫画を描いてもらったり、と。ほかにも、釣りやスノボなど、濃い趣味にはまっている人を度々紹介していきました。というのも、とにかく「人」を取り上げたいという想いがあったから。スゴイ人はもちろん、普通の人も。あと、気にかけていたテーマは「遊び心」。毎回、大先輩のごめっちさんにいろんなポーズをさせて、ページのどこかに隠れた『ごめっちを探せ!』っていう企画もしましたねー(ごめっちさん元気ですか?)。と、「気持ち」(「気合い」とも言う)はどうにか保ち続けてやりきった一年間でありました。
あわわ歴代編集長リレーコラム 12代目編集長/野々村まり
●タウン誌あわわ連載中【歴代編集長リレーコラム】
※あわわ30周年を記念して歴代編集長に当時の苦労話や、
今だからこそ言える告白など、当時の思い出を綴るコーナーです。
2011年7月号(6月25日発行)掲載
◎タウン誌あわわ
12代目編集長/野々村まり
編集長任期/2008年4月~2009年3月
「ヒャッハーーー!!!」
野々村がぼろぼろになりながら暴漢の集団に追われている。
野々村「た・・・たすけてくれ。わ・・・わたしは、このあわわをどうしても書店に届けねばならんのじゃ」
暴漢「なに~~」
野々村「このあわわが実を結べば、あんたらにもわけてやろう。それまでまってくれ!! このあわわを作って一年。酒も口にせずにやってきたんじゃ」
暴漢「なおさらそのあわわを読みたくなったぜ」
野々村「た・・・たのむ!後生じゃ 見逃してくれ!!」
あれは世紀末・20XX年。長年営業部で、あわわのラオウことK部長の下で“若頭”“狂犬(のようなチワワ)”として日々仕事をしていた野々村は、突如編集部、しかも編集長としての異動を命じられる。
はじめての編集長業務に四苦八苦しつつ、後輩たちの大いなるサポートを受けながら早朝から深夜まで仕事に明け暮れたのだ。特に「回転寿司割引企画」「徳島ラーメン・中華そば半額企画」など、不況の波が押し寄せる時代を考慮した企画は読者から大きな反響をいただいたのだった。割引だけではない。どの特集でも目指したのは「徳島の人が楽しむ、得をすること」。どれも企業理念「徳島を元気にする」を誌面を通して感じてもらいたいものであったのだ。
「このあわわさえあれば徳島が元気になる。毎年毎年楽しみができるんじゃ。だれもがみんないつまでも楽しく暮らすことができる。そうすればもう“徳島にはなんにもない”という悲しいことを聞くこともない。今日より明日なんじゃ!!」
「今日より明日!!」この想いはアーサ編集長となった今も忘れておりません。
以上、北斗の拳における珠玉の名作・種もみミスミじいさんでおなじみ、のんのがほぼフィクションでお送りしました。
歴代あわわ編集長リレーコラム・11代目編集長/工藤乃介
●タウン誌あわわ連載中【歴代編集長リレーコラム】
※あわわ30周年を記念して歴代編集長に当時の苦労話や、
今だからこそ言える告白など、当時の思い出を綴るコーナーです。
2011年6月号(5月25日発行)掲載
◎タウン誌あわわ
11代目編集長/工藤乃介
編集長任期/2005年4月~2008年3月
サンキュー徳島!フィーバー30周年!とかけまして、現在この原稿を執筆中のンボバとときます。
その心は…ただいま風邪をこじらせ39度のお熱なオイラ。
原稿書かずに余裕かまし、〆切前に大フィーバー。
コラムなんか書けないよ~と泣き言を言っていたら現編集長に
「ンボバさん、困りますよ。元編集長とあろう人が、早く書いてください」と冷たくダメだし。
こんなヘッポコなオイラだが、恐れ多くもあわわの編集長を3年務めた。
当然この間、誰もが憧れる“デキる”編集長!…な訳はなく、誰もに笑われる“イロモノ”編集長としてあわわの歴史に刻まれることに。
よく、パフォーマー(作り手)の鉄則で「笑われるな、笑わせろ」とあるが、それを守ることなく見事なまでの笑われっぷりだったオイラ。
歴代編集長のような編集センスなんぞは微塵もなく、とにかく体当たりで一冊入魂!
編集的にあわわ的にとか関係なく、全てNBOBA的にジャッジ。
〆切日だろうが、オイラが納得いかない原稿はスタッフに何度も書き直しをさせ、
時にはデザイナーさんに深夜遅くでもデザインの修正依頼(デザイナー様各位、その節は大変お世話になりました)。
売れる本を考えることは編集長として当然だが、
それ以上に“オイラならこんな企画を、こんな原稿とデザインで読者に届ける!”という想いが常に先にあったなぁ。
中でもかわいい・かっこいい子を撮影する街頭取材への拘りは強かった。
スタッフが対象の子を見つけられず更に時間がないことを理由に掲載人数を減らそうとした時も、それを認めず、
〆切当日だったが自ら街に出て探し回って撮影したことも…。
まぁこんな調子で不器用ながらも、がむしゃらにあわわを作り続けた3年間。
いやぁ面白かったなぁ。
逆にあわわの編集もそろそろ引退かなと感じたのも、実はこの街頭取材だったりする。
ある日、かっこいい男子高校生に「すみません、あわわですけど」って声をかけたらその学生が若干震えていて、
後からよく聞くと変なオヤジにカツアゲされそうになったと思ったらしい…(泣)。
このときンボバ34歳、まだイケルと思っていたが立派なオヤジだったみたいで、
どこからともなく「ンボバ。アウト~」と天の声。
最後の最後までイロモノだったオイラ、
ちなみに現在は営業部門で変わらず情熱(今は高熱)全開でガンバってます!
【歴代編集長リレーコラム】10代目編集長/萬玉和伸さん
●タウン誌あわわ連載中【歴代編集長リレーコラム】
※あわわ30周年を記念して歴代編集長に当時の苦労話や、
今だからこそ言える告白など、当時の思い出を綴るコーナーです。
2011年5月号(4月25日発行)掲載
◎あわわ10代目編集長/萬玉和伸さん
編集長任期/2004年2月~2005年4月
あわわ創刊30周年おめでとうございます。
早いもので、ボクが徳島を離れて3年が経ちました。
あわわを卒業し、今は某IT企業で地域活性化を胸に秘め、とあるジオサービスのロンチ準備中。
震災の影響もあり、毎日忙しく過ごしておりますが、「一生勉強 一生青春」の精神で、充実した日々を送っています。
と、ボクが編集長を担当させていただいたのは、2004年から2005年の間の15冊。
K-1徳島大会誘致と四国初のJリーグチーム創設に向けたK&J特集、胃を壊しながら製作したカップル性講座、学割半額あわわパラソルショプ、売切続出だった焼肉半額、とにかく必死だったお遍路のススメ、占い結果を考えるのが密かな楽しみだったキス占い、結局焼肉を奢れなかった投稿あわわバッカス、別冊化激しく希望!の剣山伝説&友よ、そして長らく続いたB5版からAB版へのリニューアルなどなど、関わった年月の分だけ、苦労した企画ほど、いろんな思い出が今でもとめどなく溢れ出てきます。
急遽発生したTJかがわの立ち上げで香川へ異動となったため、他の編集長の皆さんより冊数は少ないかも知れませんが、尊敬しあえる仲間達と、時間の許す限り心血を注いで創り上げることができた、日本一のタウン誌づくり。
打ち上げのビールを含め、本当に充実した時間でした。
今も東京の最前線で、なんとかかんとかやれているのも、あわわでの経験故。
これからも元あわわの編集長として恥ずかしくないよう、日々精進&仕事に励みたいと思います。
30周年をむかえた「日本一のタウン誌 あわわ」に負けないよう頑張らねばっ!
では、心友のンボバ編集長、次回のコラムは笑い込みでヨロシクね。ぽぽぽぽーん♪
と、ここまで書いて全然文字数が足りていないことに気づきました。。
ので、蛇足ですが今、想うことを追記したいと思います。
ご存知のとおり、日本全体は震災の影響を受け、大変な状況です。
そんな今だからこそ、地域に根付いたメディアの力が必要とされている&試されているのだと思います。
手段が変わっても、いつの時代でも、タウン情報を求めるニーズは絶対に無くなりません。
願わくば40周年、50周年、100周年、いつまでも“僕らのあわわ”でいてください。
少しばかり遠くからですが、イチファンとして、いつも応援しています。
あわわ最高!
あわわ創刊30周年記念号、本日発売しました!!
あわわ創刊30周年記念号、
本日発売です!!
なんと361号め。
お世話になったみなさまのおかげです。
ありがとうございます!!!
特に「あわわ姫は今!」企画は必見。
昔のあわわ姫がモデルエージェントの社長になったり
徳島JCの女性理事長になったり…。
記念企画として[徳島大好き!360人の笑顔]
[感謝の大プレゼント祭]
[創刊30周年プレイバック企画あわわ探偵団]
[バック・トゥ・ザ・広告]
[徳島のグラフィックデザイナーの作品展]
[未来に輝くスターの卵たち]など、
懐かしさと未来への希望を一冊にしました。
今月は特に多くの皆様に関わっていただき
協力を得て発行することができました。
これからも、“あわわのミッションは「徳島を元気にする!」”を合い言葉に、
徳島の魅力を発信し賑わいづくりに貢献したいと思います。
姉妹誌の[ASA][050]共々今後ともよろしくお願い致します。
まあいっぺん見て(買って)みてくださいませ~。
【歴代編集長リレーコラム】9代目編集長/山根静
●タウン誌あわわ連載中【歴代編集長リレーコラム】
※あわわ30周年を記念して歴代編集長に当時の苦労話や、
今だからこそ言える告白など、当時の思い出を綴るコーナーです。
2011年4月号(3月25日発行)掲載
◎あわわ9代目編集長/山根静
編集長任期/2002年5月~2004年1月
大先輩である八代目編集長平井さんからほろ酔いバトン受けました、ヤマネです。
実際、あわわを読んだり読まなかったりする時期がありました(読まなかったのは主に県外にいた大学時代)。
読者の皆さんもそうじゃないのかな? 進学や就職、結婚や子育てetc、様々なタイミングで一緒に楽しんだり一時卒業したり。
そして、ふと思い出して手に取りあの頃を懐かしんだりできるのも、長い間、徳島を愛し丁寧に取材し街ネタを掲載し続けているあわわだからこそ。
何が言いたいって、「創刊30周年おめでとうございます!」です。
改めて30年の日々ってすごいですね。
思い起こせば私がこの会社の門を叩いたのは、はるか何年も前。入社試験時の雰囲気で、ワクワクする会社だなぁと深く悩みもせずに即決定。営業部配属で3年ちょっと。
読者と広告出稿のありがたさをかみしめ日々精進しておりました。
そんな日々でしたが、この会社の良さのひとつは誰もがそこで努力して次のステップにすすむこと。そんなわけで私も「羽ばたくぜ!(別の仕事に挑戦するという意味)」と息巻いてたんですが、編集の仕事にも未練たらたらで、「編集長やってみん?」の一言で個性豊かで優秀かつ、お祭り好きな編集部員に囲まれることになりました。
編集時代の裏テーマは、徳島で住んでよかった探し。
「徳島っていいとこだけど、こんな所があったらいいのにあんな事出来たらいいのにという要望を随所に織り込みたい」と。
特集と連動させ、徳島では観られなかった単館系シネマ作品の特別上映会は感動でした。
また、大塚FCヴォルティス徳島がJFLリーグで大活躍し、2連覇を遂げたのもこの頃。
たくさん選手や試合を紹介させていただき、県をあげて盛り上がるJリーグチーム設立の動力の一端になれたのではと思います(そんな経緯で後に、私は徳島ヴォルティス設立の応援や製作にどっぷり浸る部署に異動するのですが)。
と、思い出を書き連ねるには字数が足りなくなってきました!
というわけで次は、カラオケ十八番は『とん平のヘイ・ユウ・ブルース』、
特技はバク宙という敏腕編集長・萬玉和伸氏にバトンタッチします~。まんちゃ~ん!
あわわ4月号発売!→ http://bit.ly/676L3f


















