エホバの教えは、


まず、人は罪人という前提で

出来ています。




生まれ落ちて、すでに罪人。


だから、

自分自身を信じるな!



人は、そのままでは愚かで罪深い、

だから、

自分の感情や感覚は信じるな!

と、強く教えられます。




エホバの証人の子どもがよく知る、

恐怖の箴言22章15節


「愚かさが少年の心に

結び付いている。


懲らしめの杖

それを彼から遠くに取り除く」




これを聞かされ、

虐待された子どもたちは、

数知れません。



どのような事をされたかは、

数多くの経験者が

ブログなどでも語っています。




この言葉を根拠として、

エホバの証人の親たちは、


落ち着きのない子どもを、

グズる赤子を、

居眠りした子どもを、


同級生の家に

布教に行かない子どもを、


親に反抗したり、

宗教の勉強をしない子どもを、


ほんの些細な、子どもらしいミスを

しただけで、


様々なムチで、

(スタンダードは革ベルト、

布団叩き)

子どもを虐待したのです。



親たち自身も、

「自分の感覚や感情を信じるな!」

教えられているので、


子どもを、

かわいそうと思う気持ちを押し殺し、

湧き上がる感情を無視して

叩いた親も多かったです。



毒親の場合は、

自分の日頃のストレスを発散させる、

正当な理由を得た!と、


嬉々として、

暴力をふるいました。



いつも、針のむしろにいるような、

交感神経バリバリの生活、


叩かれる!と感じた時の、

絶望感と恐怖。




親自身が、

自分に自信がなく、


人生の舵取りを、

組織にすべて任せてしまった人が

多かった。



自分自身で考える事を

放棄させられてしまうのです。




そんな環境で育った、

エホバの証人の二世は、


組織から出ると、

多くの場合、

組織主体で作られてきた

アイデンティティが崩壊します。



自分をまるっきり信じられない、

これから、

何を信じて、

何を支えに生きていけばいいのか?



そういう絶望を

感じても当たり前なのです。


でも、ずっと絶望し続けるわけでは

ありません。


精神の袋小路からの

出口は、必ずあります。


人によって、

出口は色んな形をしているけど。


絶対、見つかります!