わたしは、ずっと子どもを持つことに恐怖を持っていたけれど、この人の子どもなら欲しいと思える人に縁あって出会えた。
親のようにはならないと、固く決意しているのは、今も変わらない。
わたしは、子どもを育てることにより、自分育てもするつもりだった。
自分がしてもらいたかったように、子どもを愛することによって、自分をあるいは癒せるのでは?と思っていた。
が!それは大きな間違いだった。
いや、一般の人はそうなのかもしれないね。
「子を持って知る親の恩」とか言えちゃう人、って大抵の人がそうなんだろうけども。
子どもを愛すれば愛するほど、うまくいかない。苦しくなる。
舐め回すように溺愛しているのに、世界一愛しているのは確かなのに、些細なことでイライラする。
子どもに、時間が取られるのが我慢出来ない。
予定通り、物事が進まないのが、我慢出来ない。
子どもが靴を履くのが待てない。
子どもの話を黙って聞く事が出来ない、異常にイライラする。
余裕が無い、怒る、声を上げる。
頭を叩いた事もある。泣かせた。
子どもが言うことを聞かないからと、自分にも子どもにも嘘をついて言い訳をして、自分のイライラを正当化していた。
なぜ、普通の母親はできることが、あたしには出来ないのだろう、母親失格、ノイローゼ寸前だった。
この間、6歳のインナーチャイルドが、ふと言った。
「あの子、嫌い、、、」
「ええ!あたしの息子嫌いなの?!」
わたしは衝撃を受けた。
なんと、わたしのインナーチャイルドは、息子の事がキライだったのだ!!
全然、気が付かなかった。
わたし自身は深層心理では、息子を嫌っていたのか?!そんなはずはないだろう?
理由を聞いた。「なんで、嫌いなの?」と。
そうすると、
「あの子(わたしの息子)は、なぜあんなにワガママを言うの。わたしは、いつも我慢してたのに。」
「あの子(わたしの息子)はすぐ泣くからキライ。わたしは泣かなかった。お母さんに迷惑かけたくなかったから」
そう言ったのだ。
わたしは、息子とインナーチャイルドをいつも同じように扱ってきたが、
インナーチャイルドは、息子とは完全に別人格だったのだ。
あたしは見当違いをしていた。
子育ては、あたしにとって、癒しでもなんでも無い。
むしろ、傷を抱えたままのわたしの傷を、更にえぐることなんだと。
息子を愛せは愛すほど、自分のインナーチャイルドは、嫉妬し、怒り、喚き散らす。
わたしのことは、愛してくれないのに、あの子(わたしの息子)のことは愛してるのね!
ひどい!誰もあたしのことを愛してくれない!
あたしはいらない子どもなのね!
と、こんな風にわたしの中で叫び続けていたのだ。時々、台風のように荒れ狂っていたのだろう。その時のわたしの子どもに対する言動は、推して知るべし、、だ。
息子が子どもらしく振舞うことを、わたしの中のインナーチャイルドが許したくなかったんだ。
わたしは息子を愛していたが、わたしの中のインナーチャイルドは、息子に嫉妬し、憎んでいたんだということだ。
わたしは、息子より前に、自分の中のインナーチャイルドを癒さない限り、育児はうまくいかないだろうと認識し始めた。
さて、どう癒していくか?