一組の家族が階段を降りてきました。
お父さん、お母さん、三歳くらいの男の子、赤ちゃん。
お父さんは赤ちゃんを抱っこして、男の子の手を引いています。
お母さんはベビーカーを持ち上げ、階段を降りています。
男の子は目を真っ赤にして、涙を流して階段を降りています。
降りるなりお母さんに駆け寄り
「おりれなかった!おりれなかった!」
と泣きじゃくっています。
お母さんはまたかーといった疲れた表情で「降りれたじゃない!降りれたよ」と繰り返しています。
おりれなかった!
降りれたよ!
おりれなかった!
降りれたよ!
そこにお父さんが一言
「そうかーおりれなかったのかー」
「うん。おりれなかったの」と男の子はそれ以上の主張はせず、だまってベビーカーに乗りました。
お父さんの言った一言。
これが認めるということです。
お母さんは降りてきた事実をそのまま伝えただけです。
できたよ!降りれたよ!と言ってあげたかったのかもしれません。
だいたいの家庭では、お母さんが一人で子育てを担っていて、それは大変なこともたくさんあります。
子を育てることはそれは大変なことです。
余裕もなくなります。
色々な気持ちがあると思います。
でも、子どもの気持ちの隣に立って話を聞くと見えてくる、子どもにとっての事実、気持ちがあります。
なかなか余裕も持ちにくい毎日ですが、
立ち止まり、子どもの話を聞き、認めるともしかしたら余裕が生れるかもしれないと思っています。