ダークマターの土佐日記
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 私が見て歩いた、高知県の四季と風土とお祭りや文化そして
星空などを自由気ままに記憶する映像日記です。
消えゆく文化・美しい瞬間を、動画や写真などで残しています。

2026年9月 室戸市吉良川町にて
『ハネ』

手筒花火には、観客が息を止める瞬間があります。

筒に火薬を詰め、縄でぎっしりと巻き固めた花火を、人が両手で抱えています。

火柱が夜空へ噴き上がるあいだ、放ち手は筒を体の前に構え、降りかかる火の粉を浴び続けます。

そして最後に、筒の底が抜け、地面へ向けて火の粉が爆ぜる。これが「ハネ」です。

最も美しく、最も危うい場面です。

ハネは、手筒花火の締めくくりです。

轟音とともに足元で火が炸裂し、噴き出した煙と火の粉が放ち手を包み込みます。

観る側にとっては最大の見せ場であり、放ち手にとっては最後まで気を抜けない一瞬です。

手筒花火はシャッタースピードを変えることで、色んな表現が楽しめます。

個人的には火の粉を流すのは好みでないので、シンプルに止めます。

この一枚に写っているのは、まさにその瞬間です。

画面下では、黄金色の煙が雲のように膨らみ、その中で白い光が弾けています。

噴き上がった火の粉は、天へ向かって無数の点になり、時間が止まったかのように空中に留まっています。

この写真を特別なものにしているのは、放ち手の表情です。

歯を食いしばり、目を細め、熱と衝撃を全身で受け止めています。

そこにあるのは恐怖ではなく、覚悟に近いものです。

逃げずに火と向き合い、最後まで抱え切る。

その姿は、手筒花火が単なる「花火」ではなく、奉納の芸能として受け継がれてきた理由を教えてくれます。

腰の横にある縄巻きの筒は、その日の主役でありながら、役目を終えようとしています。

人と火が一体になり、そして別れていくまでのわずかな時間が、一枚のフレームに凝縮されています。

琥珀色の世界

色もまた、この作品の語り手です。

煙は黄金から琥珀、深い茶色へと沈み、画面全体が熱を帯びた空気で満たされています。

色数が絞られているからこそ、火の粉の白い輝きが星のように際立ち、下部に広がる暗い地面が、すべてを静かに受け止めています。

シャッターが切り取ったのは、わずかな時間です。

しかし写真を見つめていると、轟音、焦げた火薬の匂い、肌を打つ熱風、観衆の歓声まで、その場のすべてが立ち上がってくるようです。

ハネは、終わりの合図でもあります。

火は消え、煙は夜に溶け、放ち手は筒を下ろします。

けれど、その直前の一瞬に凝縮された力と美しさは、こうして写真の中に留まり続けます。

火を抱いた人の顔を見てください。

この写真のタイトルが一語であるのは、その表情と光景に、これ以上の説明がいらないからです。

『ハネ』

追伸 ハネの形は一期一会だよね。



 

2026年9月 高知県にて
『冬の足音』

秋分を過ぎたばかりの、高知の山あいの夜。

日付が変わってしばらく経った頃、東の空を見上げると、暦の上ではまだ秋だというのに、そこにはもう「冬」が広がっていた。

山の稜線の向こうから静かに顔を出していたのは、全天で一番明るい星・シリウス。

そして稜線から高く昇った空には、こいぬ座のプロキオン、ふたご座のポルックス、ぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバラン、オリオン座のリゲル、冬の夜空を代表する1等星たちが、まだ夜明け前の暗い空に静かに勢ぞろいしていた。

冬のダイヤモンドとは
これらシリウス・プロキオン・ポルックス・カペラ・アルデバラン・リゲルの6つの1等星を線で結ぶと、大きな六角形が浮かび上がる。

これが「冬のダイヤモンド(冬の大六角形)」と呼ばれる星の並びだ。

真冬の夜、日本各地でオリオン座とともに南の空高くに昇る、冬の星空を代表する光景として知られている。

写真の中で丸印がついているのは、まさにこの6つの1等星。

六角形の中心付近にあるオリオン座のベテルギウスは、冬のダイヤモンドを構成する星ではないため丸印がなく、赤みを帯びたその姿だけが静かに寄り添うように写り込んでいる。

すぐそばには、おうし座のアルデバランに寄り添うようにプレアデス星団(すばる)も輝いていた。

誕生してまだ若い青白い星々が集まった散開星団で、肉眼でも小さな星の集まりとして見つけやすく、冬の星空観察では定番の目印になっている。

秋の未明に、冬が「先取り」される理由
不思議なのは、これほど代表的な「冬」の星々が、なぜ9月の、しかも未明の空に見えていたのか、という点だ。

星座は季節によって夜空を移動していくのではなく、地球の公転にともなって、同じ時刻に見える星座が少しずつ東から西へずれていく。

真冬の宵の空に見える星々は、その数ヶ月前つまり秋には、夜が更けてから明け方にかけての空に、一足先に姿を現す。

冬のダイヤモンドが秋の未明の東の空にひっそりと昇ってくるのは、そのためだ。

(これは夜更かしするか、早起きしないと見えない特権でもある。)

冬本番にはまだ間があるのに、東の空だけが一歩先に冬の顔つきになっている。

「冬の足音」というタイトルは、この、季節よりわずかに先回りして訪れる星空の気配から名付けている。

もうひとつの主役、火星
この写真にはもう一人、静かな主役がいる。

ふたご座の足元、カストルとポルックスのそばに赤くたたずむ火星だ。

2026年9月18日深夜、火星はふたご座のポルックスの南およそ6度の位置を通過し、その後もふたご座の中を東へとゆっくり進みながらジュピター(木星)との距離を縮めていた。

まさにこの写真が撮られた時期は、赤く輝く火星がポルックス・カストルのすぐ近くに滞在していた、限られたタイミングと重なる。

当時の火星の明るさはポルックスとほぼ同等の1等級台で、恒星と見比べながら「これが惑星か」と実感できる、観察向きの好機でもあった。 

冬のダイヤモンドという「動かない」星の骨格の中に、日々わずかに位置を変えていく火星が寄り添う静と動が同居する一枚になっている。

高知の山から
大都市の光が届きにくい山間部だからこそ、こうした1等星だけでなくプレアデス星団のような淡い天体まで、肉眼ではっきりと浮かび上がる。

稜線のシルエットが、地上と星空の境界線をくっきりと描き出してくれている。

まだ昼間は半袖でも過ごせる9月の終わりですが、さすがに夜はジャンパーがないと寒かったです。

けれど東の空にはすでに、冬がそっと足音を忍ばせていた。
 

 

追伸 当然私は夜更かし組です、お弁当を二つ買っておいて良かったです。

2026年9月24日 高知県高岡郡中土佐町にて
 

深夜の久礼を練り歩く「火の神事」 御神穀祭(おみこくさん)

太平洋に面したこの小さな漁師町で、戦国時代から連綿と受け継がれてきた祭りが「久礼八幡宮秋季大祭」、通称「くれはち」です。

久礼八幡宮の秋季例大祭である久礼八幡宮大祭は戦国時代から続くもので、土佐の3大祭りにも数えられる勇壮な祭りとして知られている。

写真に写る、炎を上げながら大人数で担がれる巨大な松明の行列は、この祭りの初日の主役・御神穀祭(おみこくさん)の光景です。 

 

御神穀祭とは何か

おみこくさんは、大松明と小松明の行列が町を練り歩く神事で、祭りの初日の深夜から未明にかけて行われます。

秋の豊作に感謝して、収穫した新米を八幡様に奉納する伝統行事とされ、五穀豊穣への感謝と祈りが根底にあります。 

写真の主役である巨大な松明は、孟宗竹3本を芯にして割竹や松材とともに束ねたもので、直径80cm前後、長さ5〜6m、重さは約1トンにも及びます。

これほどの重量物を、長さ3mほどの棒2本を直角に渡して40人ほどが交代で担ぎ、久礼の町を練り歩きます。

写真中央で幾人もの男衆が肩を寄せ合い、青竹の担ぎ棒に手をかけている構図は、まさにこの「交代しながら支える」仕組みそのものです。 

 

 

この大松明には、二つの意味が込められていると伝えられます。

御神穀を導く明かりであり、邪気を祓う火でもあるとされる一方で、大松明が作られる理由については、虫追い行事の流れを汲むとも、お神酒を作る巫女の手元を明るくするためとも言われています。

どちらか一方に定まっているわけではなく、複数の由来説が併存している点も、この行事の民俗学的な奥深さを物語っています。 

行列はやがて久礼八幡宮を目指します。

午前4時過ぎに八幡宮に到着した大松明は社殿内に担ぎ込まれた後、境内に投げ出され、この一年の無病息災を願う人々による燃え残りの奪い合いになります。

これは「おき拾い」と呼ばれ、燃え枝を奪い合う行為は、魔除けになると信じられています。 

 

 

祭りは一日では終わりません。

翌日には、神様が年に一度、浜辺で過ごす「御神幸(おなばれ)」の神事があり、久礼八幡宮の社殿から神様を乗せた神輿が行列をなして、ふるさと海岸に準備された御旅所までを巡行します。

久礼八幡宮は航海の安全と豊漁を願う久礼の漁民にとっても特別な存在であり、漁師町ならではの信仰の形が、この二日間の祭り全体に流れています。 

 具体的に書くのはあれだから。

 

それとなく書くと、1000人将クラスだと

 

一日平均、100円ショップでひとつ物が買えるくらいです。

 

もう少し様子見て見ます。

 

 

『星に願いを』

北西の空に横たわる天の川。

二台のカメラが赤い瞳を光らせ、同じ夜を見つめていた。

誰にも聞こえない静寂の中、シャッターだけが星々の記憶を刻んでいく。

願いごとは、まだ言葉にならなくていい。

ただこの一瞬を、ふたつのレンズが確かに見ていた夜だった。

追伸

多くの人が見向きもしない、北西の天の川。

上弦の月が山の稜線へと沈んだあと、月食でもないのに、星々は静かに、けれど確かに、その輝きを増していった。
 

『びしょ濡れの夜』 

 

2026年8月 宿毛市平田にて

 

宿毛の夜、野菜祭りは大盛況。

 

と思ったら、空も盛り上がりすぎたようです。

 

夕立、直撃。

 

カメラも私も、びしょ濡れの夜になりました。

 

追伸

カメラが回ってない時が一番凄かったです。

2026年7月 四国カルスト 天狗高原にて ~ハンカイソウの咲く夏~ 

 

こんにちは、私は今!。 高知と愛媛の県境、標高およそ千四百メートル。

 

四国カルスト天狗高原にいます。 

 

日本三大カルストのひとつに数えられる、雄大な石灰岩の台地です。 

 

太古の海の底に積もったサンゴや貝の殻が、長い年月をかけて隆起し、雨と風に削られて、今の姿になりました。 

 

緑の草原のなかに、白い石灰岩が点々と顔をのぞかせる。 

 

その景色は、まるで羊の群れが草を食む牧場のようにも見えます。 

 

その東の端に広がるのが、天狗高原です。 

 

天狗の森の麓に開けたこの高原には、牛たちが放たれ、夏草の匂いが風に運ばれてきます。

 

 そして七月。 この高原がもっとも輝きを増す季節がやってきます。 

 

放牧地の一面を、鮮やかな黄色に染め上げる花、ハンカイソウです。 

 

キク科の多年草で、一本の茎に、いくつもの花をつけます。

 

石灰岩の大地に根を張り、厳しい寒さと乾いた風に耐えながら、夏のわずかな間だけ、精一杯に花を咲かせるのです。 

 

風が吹くと、花々は一斉に揺れ、まるで高原そのものが呼吸をしているかのようです。 

 

花の向こうには、幾重にも連なる四国山地の稜線。

 

空はどこまでも青く、雲の影が、ゆっくりと草原を渡っていきます。 

 

人の手が入りながらも、自然の摂理に寄り添って生きてきた、この高原。 

 

ハンカイソウの黄色は、そこに生きるものたちの、確かな命の証です。 

 

二〇二六年七月、四国カルスト天狗高原。夏だけに見せる、この一瞬の景色を、どうぞご覧ください。

 

youtubeの収益化条件をクリアしました。

 

だからどうしたと言えば、それまでですが。

 

2022/10/23 に登録(アカウント)

 

2023/4/18に初投稿(霧雨の四国山地)

今となれば、味気ないタイムラプス、そして最初からタイムラプスから行っていた辺り

方向性は今とかわらず。

 

そして

2026年9月に収益化しました。

 

初投稿からは苦節

 

3年5カ月

 

長かかったなぁ~

 

 

 

皆さんのお陰です

 

いつも見てくださっている皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。

 

これからも変わらず、地域の景色や文化をゆっくり届けていきます。

 

何卒宜しくお願い致します。

 

 

追伸:ちなみに収益化=即入金ではなく、8,000円貯まって初めて振込されるシステムです。

 

この調子だと、入金されるのは孔明先生どころか、司馬懿くらいまで待たされそうです。

 

 

1年前の話ではありますが😊

 

2025年10月 高知県室戸市羽根にて 『願いは叶わずとも、美しい夕暮れ』

 

今晩は私は今! 太平洋に向かって開ける、高知県室戸市羽根の海岸にいます。 この日、西の空にはもうひとつ、待っているものがあった。 日が沈み、夜の帳が下りたころ、西の低い空に浮かぶという、 レモン彗星と、スワン彗星。 条件が良ければ、その淡い光に出会えるはずだった。

 

打ち寄せる波は、幾千年もこの岩を洗ってきた。 高知県の東部の、室戸市。 彗星を待ちながら見上げた空には、 厚い雲が、静かに広がっていた。

 

雲の切れ間からこぼれる光が、海面に一本の道をつくる。 太陽は、大きく息を吐くように、 水平線の向こうへと沈んでいく。

 

夜が来ても、彗星の姿は見えなかった。 けれど、空は、もうひとつの答えを見せてくれた。

 

茜から、紫へ。そして、藍へ。 自然が描く、二度と同じ形にはならない一枚の景色。

 

岩に砕ける波の音だけが、 静かに、この時間を刻んでいく。

 

見えなかったものの向こうにも、 確かに、美しい時間があった。 高知県・室戸市、羽根の海岸から。

 

 

2026年9月19日、高知県室戸市吉良川町。

手筒花火の熱気が静かに収まった頃、夜空が再び目を覚ましました。

次々と打ち上がる大輪の花火は、金色の尾を引きながら天高く舞い上がり、赤や緑の光が重なり合って夜空いっぱいに咲き誇ります。

すぐ真上で弾けるその迫力は、体の芯まで響くようで、潮風に混じる火薬の香りさえも夏の名残を感じさせました。

地元の人々の想いが込められた一発一発は、まるで海と星空へ届けるメッセージのよう。

吉良川の夜を彩ったこのひとときは、忘れられない記憶として心に刻まれました。
 

 

動画は少し下が切れていました、手筒花火が終わったあとゆっくり調整する時間あったけど

 

すっかり忘れていました、だめですね反省しますm(__)m