2025年10月30日 高知県檮原町にて
津野山神楽 四天 三島神社(東区)
津野山神楽での最後の演目ですが、こうして無事に 今日のお神楽を終わりましたと
願いごとを解くための舞です。
四隅に着座し天津祝詞を奏します。 剣を抜き放して四人で舞う解願の舞は気高く荘重です。
諸人のあふれるお祈りを花米に籠め、感激のうちに四天を解き
津野山神楽の全部をこれで終了します。
津野山神楽のパンフレットより引用。

2025年10月30日 高知県檮原町にて
津野山神楽 四天 三島神社(東区)
津野山神楽での最後の演目ですが、こうして無事に 今日のお神楽を終わりましたと
願いごとを解くための舞です。
四隅に着座し天津祝詞を奏します。 剣を抜き放して四人で舞う解願の舞は気高く荘重です。
諸人のあふれるお祈りを花米に籠め、感激のうちに四天を解き
津野山神楽の全部をこれで終了します。
津野山神楽のパンフレットより引用。
2025年10月30日 高知県檮原町にて
津野山神楽 鯛つり 三島神社(東区)
昔から言代主神(ことしろぬしのかみ)は鯛つりの名人と称され 俗に『
えべつさま』とも『えべっさま』とも言われる七福神の ひとりです。
面が見事で、見るだけでその動作も想像できますが ユーモラスな舞は、
舞手の個性を表します。 観客隻からは鯛や供物を釣りあげます。
津野山神楽のパンフレットより引用。
こんにちは!
2026年2月私は 、厳しい寒さが続く中の夜に、
高知県土佐市の仁淀川河口で行わている 冬の風物詩とも言える、
白いダイヤとも言われる、シラスウナギ漁を見に行きました。
暗闇の波打ち際で揺れるのは、シラスウナギ漁の灯り。
そしてその頭上には、冬の夜空を象徴する星々が輝いています。
時を凝縮したタイムラプス映像で、その『共演』をご覧いただきます。
太平洋から吹きつける冷たい潮風が、冬の深まりを告げています。
夜のとばりが始まる頃から漆黒の海辺に、ポツリ、ポツリと灯り始める小さな光。
シラスウナギを待つ漁師たちの明かりです。
「白いダイヤ」とも呼ばれる稚魚を追い、冷たい水に立ち込む人々の営み。
その細やかな光のダンスが、波打ち際に独特の模様を描き出していきます。
ふと、視線を上に向ければ。 そこには、
もう一つの「ダイヤ」が姿を現していました。
冬の夜空に輝く一等星を繋いだ「冬のダイヤモンド」。
凍てつく空気を切り裂くような鋭い輝きが、悠久の時を刻みながら、
ゆっくりと西の空へと巡っていきます。
地上のわずかな光を頼りに、凍てつく寒さのなか漁をする漁師さんたち。
天上の巨大な光を放ち、宇宙を巡る星々。
タイムラプスが描き出すのは、そんな「一瞬」と「永遠」の交差点です。
高知の寒い夜が育む、静かな、しかし熱い夜。
土佐市新居海岸の波音は、今夜も天空の宝石たちと、
シラスウナギ漁の命の物語を紡いでいます。
2026年2月 土佐市にて
『雲の切れ間のダイヤモンド+カノープスそして白いダイヤ漁』
きさらぎの凍てつく夜、静寂に包まれた土佐市新居海岸。
見上げれば、凛と冷え切った冬の夜空に、少し雲がありましたが、数多くの宝石を散りばめたような星空が広がっていた。
冬の夜空の主役たちが集結した「冬のダイヤモンド」だ!
シリウス、プロキオン、リゲル、アルデバラン、カペラ、ポルックスといった一等星たちが描く巨大な六角形は、広角レンズによって、まるで天から降り注ぐ光の網のように見える。
特筆すべきは、画面最下部、水平線近くにひっそりと、しかし確かな存在感を放つ赤い星「カノープス」。
中国では「南極老人星」と呼ばれ、一目見れば長寿を全うできるという縁起のある星。
北緯の高い日本では観測が困難なこの星も、高知県の太平洋側の南が開けている空では、比較的に見つけやすい。
さらにその上空には、太陽系の王者・木星とスバル(プレアデス星団)の輝きが彩りを添え、まさに「夜空の宝石箱」とも言える豪華な布陣が完成している。
ただ残念なのは、雲が流れ込んできただけなのですがそれもまた良いと、負け惜しみを言っておこう!
海辺にゆらめく「命の灯火」
この写真のもう一つの主役は、海面に一列に並ぶ鮮烈なの光である。
これは高知の冬の風物詩「シラスウナギ漁」の灯りだ。
「白いダイヤ」とも呼ばれるシラスウナギを誘い出すため、
漁師たちは寒風吹き荒ぶ中、膝まで海水に浸かりながらこの光を操る。
夜空のダイヤモンドとカノープス、海辺に並ぶ白いダイヤを追う漁火。
数千光年の彼方から届く星光と、今この瞬間を懸命に生きる人々の営みの灯火が、魚眼レンズの円弧の中で一つに溶け合っている。
と!
勝手に一人満足している一枚です![]()
高知県の冬を代表する一枚
撮影されたのは、波音だけが響く静かな夜。
しかし、この一枚からは、凍てつく空気の冷たさと、漁師たちの熱気、そして圧倒的な宇宙の奥行きが伝わってくる。
「カノープス」という長寿の願いと、「シラスウナギ漁」という実りの祈り。
天と地、二つの幸(さち)が交差するこの風景は、黒潮躍る高知の海が、私たちに与えてくれた最高の冬の贈り物にほかならない。
あ~あくまでも個人の意見です😊
今年は久しぶりに、宮司さんが射る矢をGETできました!
年あけ行こうあまり良いことがなかったので、運気上昇するといいなぁ~と
おもったら!
矢の効果はなく、洗濯機が壊れました!
中途半端に脱水しない状態でいつも止まる、手で絞って
ビニール袋にいれて コインランドリーに走ってテンヤワンヤだった。
いやぁ~ 矢をGETできたおかげで、これだけですんだんだと
ポジティブに考えたい😊
2026年02月03日 高知県高知市筆山町にある神力山 要法寺にて
寒気切り裂く唱題、身を清める 高知県高知市筆山町にある、要法寺で伝統の「節分水行」 土佐藩の山内家藩主ゆかりの古刹に響く水音に新たな一年の無病息災祈る 😊
2026年02月03日 高知県高知市筆山町にある神力山 要法寺にて
寒気切り裂く唱題、身を清める 高知県高知市筆山町にある、要法寺で伝統の「節分水行」 土佐藩の山内家藩主ゆかりの古刹に響く水音に新たな一年の無病息災祈る
暦の上で春の始まりを告げる「立春」を翌日に控えた3日、高知市筆山の要法寺(日蓮宗)で、節分の伝統行事である「水行(すいぎょう)」が執り行われた。
冷え込みが厳しい境内の中、僧侶たちが冷水を被って心身を清め、檀家さんや多くのカメラマンさんが見守る共に一年の除災招福を祈願した。
■土佐藩主・山内一豊公ゆかりの歴史
要法寺は、慶長6(1601)年に土佐藩初代藩主・山内一豊公が静岡県の掛川から土佐へ入国した際、藩主の命によって現在の地に移された日蓮宗の名刹である。
山内家からの信仰が厚く、藩の保護を受けた歴史を持ち、現在も山内家ゆかりの寺院(菩提寺)として、高知の歴史を今に伝えている。
■日蓮宗における「節分」と「水行」の意義
日蓮宗において、節分は単なる豆まきの行事ではなく、旧暦の正月に近い「立春」を新年と見なし、その前日に一年の汚れを祓う極めて重要な節目とされている。
この日行われる「水行」は、僧侶が法華経の教えに基づき、自身の心身を清浄(しょうじょう)にすることで、仏様への祈りの力を高める儀式である。
特に日蓮宗には、冬の100日間に及ぶ「大荒行」という伝統があり、
節分の時期はその修行が完遂される時期とも重なる。
水行によって自己を律し、自分を追い込むことで、人々の苦難を代わって受け、
家内安全や平穏を祈るという「勧請(かんじょう)」の精神が込められている。
2025年10月30日 高知県檮原町にて
津野山神楽 豊饒舞 三島神社(東区)
俗に『お稲荷さんと大黒様の舞』です。 お稲荷さん(宇賀魂神)は
五穀を守る神 大国様(大国主命)は打出の小槌と商売繁昌・五穀豊穣の 徳を授ける神です。 お互いの自慢話をしながら稲と宝を交換する ユーモラスな舞です。
津野山神楽のパンフレットより引用。
2025年10月30日 高知県檮原町にて
津野山神楽 花米 三島神社(東区)
一人舞で、神社で舞う時は必ずその神社の神官か弥宣が舞う しきたりです。
舞い終わると神前に幣を捧げて、その日の神楽の理由を 御受納いただくように
祝詞を奏上します。
舞人は三宝に白米を奏持して、五方の神々に感謝の祈りを 捧げます。
また天地創成時の神々から、全国津々浦々の小さい神祠に 至るまで花米を供えて
国民の安全を祈念するおごそかな舞です。
津野山神楽のパンフレットより引用。
「除災招福(じょさいしょうふく)」とは、文字通り「災い(わざわい)を除き、福を招く」という意味の四字熟語です。
節分や新年などの節目に、お寺や神社でよく使われる言葉です。
詳しく分解すると、以下のような意味になります。
除災(じょさい)
自分自身の身に降りかかる病気、事故、人間関係のトラブルなどの「悪いこと(災難)」を、仏様や神様の力で追い払ったり、消し去ったりすることです。
招福(しょうふく)
空いたところに、幸せや健康、家内安全などの「良いこと(福)」を呼び込むことです。
仏教や伝統的な考え方では、「まず悪いものを追い出さないと、良いものは入ってこない」と考えられています。
似たよような言葉で
開運厄除(かいうんやくよけ)がありますが、ここでその違いも
主に「個人の運勢」に焦点を当てた言葉です。
厄除(やくよけ): 厄年(やくどし)に代表されるような、人生の節目で起こりやすい災難を、あらかじめ「防ぎ、遠ざける」こと。
開運(かいうん): 塞がっていた運を切り開き、良い方向へ向かわせること。
ニュアンス:
「今は運が悪い時期だから、悪いことが起きないようにガードして(厄除)、さらに運気をアップさせたい(開運)」という、自分自身の運気改善という個人的な願いによく使われます。
主に「環境や世の中、家全体」の平安を含む、より広義で仏教的な言葉です。
除災(じょさい): すでにある災い、あるいは降りかかるかもしれない災難(病気、天災、争いなど)を「取り除く」こと。
招福(しょうふく): 福を「招き寄せる」こと。
ニュアンス:
個人的な運気だけでなく、「この一年、家族が平穏でありますように」「地域に災いが起きませんように」という、広い意味での安全と幸福を願う際に使われます。お寺の正式な行事名(法要名)などには、この言葉が使われることが非常に多いです。
| 項目 | 開運厄除 | 除災招福 |
| 対象 | 主に「個人」の運勢やバイオリズム | 「個人・家族・社会」全体の安全 |
| 重点 | 悪い時期を乗り越え、運を切り開く | 災いを消し去り、幸せを呼び込む |
| よく使われる場面 | 初詣、厄払い、個人的なお守り | 節分、星祭り、お寺の公式な祈祷 |