訃報を受け取ったのは、連休明けの火曜日の朝でした。
喪主である奥様からのファックスで、彼の死を知りました。
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11月24日午前0時30分。最愛の夫が急死しました。
手の込んだシナリオのドラマが続いているような錯覚の中、現実を受け留められずにいます。
私にとって、子ども達にとって、最高の素晴らしい人でした。もちろん会社の社長としても・・・
人として大事なことをわかっている神様のような人でした。
彼の音楽、デザイン、思想、歌声、努力、優しさ、ユーモア、細く長い美しい指、柔らかい髪の毛、
そしてどこまでも大きく豊かな広い心。そのどれもが一流でした。
決して相手を恨まず、結婚15年間で人の悪口は一度も聞いたことがありません。
私の愚痴を受けとめ、いつもいつも精一杯抱きしめてくれました。
最期は「人として一番幸せな死に方」だと医療関係者に言わしめられる「急性心臓大動脈解離」でした。
それも超急性のほぼ一瞬で心停止した…という所見です。
苦しみもなくあっという間にポーズボタンを押してしまった・・・。
友人のライブの応援に出かけた熊本で、自分も一曲歌って幸せそうにステージから降りた直後の
出来事だったそうです。
「幸せの瞬間のそのままの状態で止まった」死に方で、驚くことに笑顔のまま・・・。
沢山の励ましや彼への賛辞をありがとうございます。彼は幸せそうな顔をして眠っています。
11月3日に主人と一緒にステージにたった「空中再生」のCD発売記念ライブが
彼の正式な最後のステージとなりました。
11日には4年かかりでようやく完成したばかりのCDリリース。
そして亡くなる2日前には私と二人して、「いい夫婦の日」のFMの特別番組に生出演したばかりでした。
熊本で最後に歌った曲は、子ども達が巣出つ時に贈る親の気持ちを歌った「旅立つきみへ」という
私が作曲した曲だったそうです。
彼はこの曲が出来た時、私にスタジオで言ってくれました。
「君は素晴らしいと思うよ。こんな曲が作れて。僕はこの曲のアレンジを考えていて感動で涙が出た」と・・・。
その日、私と娘と息子は福岡にいました。
一人だけ熊本にでかけ、心肺蘇生を受けるショッキングな姿を家族に見せることもなく駆けつけた時は
「笑顔のままの静かな還らぬ人」でした。
音楽仲間に見守られ、私達残された家族をよろしく・・・と、言い残さんばかりの最期だったと
同席の友人から聞きました。
そんな彼の出来すぎの一流の死に方は、最期まで私達を愛してくれていた証拠だと受け止めています。
とてもかっこよく素敵で優しい、自慢の伴侶でした。
深く深く愛していました。
素晴らしい時間を共有できたことに心から感謝します。ありがとう。
今の私は、多くの友人に支えられ今日の通夜と明日の葬儀の準備をしています。
まずは彼を彼らしく立派に送り出してやることだと思っています。
享年50歳。
早すぎる彼の死にどんな意味があるのか?私はこれからその答えを感じ取っていきたいと思います。
感謝
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信じられませんでした。
私が福岡に越してきてすぐの頃から懇意にしていただき、ライブでは素晴らしい低音の歌声で
デュエットしていただき、リハーサルのために、ご自宅のプライベートスタジオを解放して使わせて
くださいました。
いつも飄々と、穏やかで、丁寧で、寡黙で、賢く、
涼やかな眼差しで優しい笑顔を絶やさず、
音楽の先輩としても、人としても、心から尊敬していました。
大好きな人でした。
茂木健一郎さんや、村上龍さんや、養老孟司さんと同じく、私にとって、
「この人が穏やかに笑っていらっしゃる限り、まだまだこの世は大丈夫だ・・・」と思える人の一人でした。
夫とともに葬儀に参列させていただきました。
祭壇は、彼の愛したギターと音譜で飾られ、大勢の音楽仲間が楽器を演奏し、歌を歌い、送りました。
なぜ彼なのだろう?
なぜ今なのだろう?
最愛の奥様と、幼いお子様たちを残して、なぜ?と、帰宅した後も消化できない悲しみに胸が塞がったまま
でした。
夕食後娘に、
「お母さんは、ときどき神様のやることがわからなくなる・・」と言うと、
娘が、
「あんなに良い人が・・・!と思う人が早くに亡くなってしまうのは、世の中を少しでも良い方向に
導いてもらうために、神様が、そういう人には何度も生まれ変わって、その人の周囲の人たちを助けて
欲しいと思うからなんだって。」と、慰めるように言ってくれました。
そうなの・・・?
彼は、周囲の人全てに、一つ一つ大切なものを手渡し、皆の心に「彼の色」を残し、
次のミッションのために召されたの?
それは、とても切ないけれど、でも少しだけ救いのある解釈に思えました。
正直、未だに彼の死を受け留められていませんが、それでも、塞がっていた気持ちの壁に、
一箇所だけ風穴が開いたような気がしています。
坂村真民さんというかたの詩の中に、
「悲しみは いつも 枯らしてはならない
悲しみは いつも 湛えていなくてはならない
悲しみは いつも 噛み締めていなくてはならない」
という一節があります。
悲しみは悲しみとして噛み締めながら、今世で彼に巡り合えた幸運に感謝しつつ、
彼が私に残してくれた「色」が色褪せることのないよう心して生きていきたいと思います。
二枚とも、ゲストボーカルとしてライブでデュエットしてくださったときの写真です。
鉛筆一本で描かれたエリック・クラプトンです。
音楽だけでなく、絵にも秀でたかたでした。


