『給料のペイ払い』パブリックコメント募集中! 喜ぶのは業者だけ?! | 渾沌から湧きあがるもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

労働基準法施行規則の一部を改正する省令案に関する御意見の募集について

https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495220170&Mode=0

 

概要はこちら

https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000241741

 

 

 

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現在、労働政策審議会(労働者側・使用者側の委員や公益委員が労働政策を調査審議する政府の審議会。通称「労政審」)の労働条件部会において「資金移動業者の口座への賃金支払」の是非が議論されています。要は、「PayPay」や「楽天ペイ」、「LINEペイ」、「d払い」などで賃金を支払う(以下、「賃金のペイ払い」と書きます)ことを可能にする、ということです。すでに、あたかも来年度に実現するかのような報道までされています。

 

朝日新聞「○○ペイ」で給与支払い可能に 残高上限100万円、厚労省方針

 

しかし、このような先走った報道には根本的な疑問があります。

 

労働条件とペイ払いの関係

賃金の支払いについて定めた労働基準法24条1項は「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」としています。ここでいう「通貨」とは、貨幣(500円玉等のコイン)と日本銀行券(お札)です(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第2条3項)。本来、労働者の賃金は通貨=現金で支払わなければなないのです。古い時代のアニメ(昔のドラえもんとか)を見ると、主婦が夫の給料袋を前にやりくりで悩んでいるシーンが出てくるのは現金で賃金が支払われていたからです。

 

しかし、社会が複雑化し、金融機関の利便性も上昇したことで、賃金を銀行口座に送金するのは現金による支払いと同視できるのではないか、ということになり、「労働者の同意を得た場合には」、銀行その他の金融機関にある労働者の口座への振込みの形での賃金の支払いが許容されるようになったのです(労働基準法施行規則7条の2)。

 

以上から、賃金のペイ払いが許されるかは、労働者の預金口座への賃金の送金と同じレベルで、「通貨」による支払いと同視できるか、ということになります。

 

 

労政審の議論で見落とされている点

賃金のペイ払いについては、すでに、資金移動業者(ペイ払いの事業者)の倒産の場合の保全、不正引出の場合の補償、エラー発生等の技術的な問題など、論点整理はされつつあります(第178回労働政策審議会労働条件分科会)。

 

しかし、現状の論点整理には根本的な疑問があります。そもそも、~ペイ(キャッシュレス決済)には「通貨」と同視できるような社会的な通用力はあったでしょうか。

 

用途が限られる

例えば、~ペイで電車バスなどの公共交通機関の料金の支払いは、ほとんどの場合出来ないようです。税金や公共料金の支払いも、徐々に出来るようになってはいるものの、まだ部分的です。借家の家賃の支払いや住宅ローンの支払いは出来ないと思われます。

生活の場面でも、コンビニエンスストアやスーパーマーケット、大きな飲食店では利用可能な場合が多いと思いますが、個人商店や自動販売機はまだまだ利用できないことの方が多いのではないでしょうか。ペイ払いの事業者に支払う手数料に嫌気がさして、~ペイ(キャッシュレス決済)の利用を止めてしまった店舗もよく見かけます。

 

 

利用に携帯端末が必要

また、~ペイ(キャッシュレス決済)は、サービス利用者がスマートフォンのような携帯端末を利用することが大前提になっており、賃金のペイ払いを実際に使用することについて、典型的には、労働者と携帯キャリア(ドコモやauなど)の間の契約が介在することになります。スマートフォンの故障、紛失、代金未払による利用停止など、携帯キャリアとの間で問題が発生すると、労働者は自己資金で生活することが出来なくなってしまうのです。

そもそも、スマホの代金未納による利用停止状態を解消するために、スマホの操作が必要な~ペイでしか資金が存在しないのは、生活上のデッドロックになる可能性はないのでしょうか。そこまで行かなくても、現在でも店舗の所在地で端末に電波が入らずキャッシュレス決済を利用できない場合もあるようです。

労働者の自己責任では済まされない問題ですが、労政審で、このようなデッドロックをどうやって回避するのか、議論されてはいないように思われます。

 

 

預金化に手数料がいる

また、~ペイを無償で銀行預金にできないのも大きな問題です。労政審の議論では「月1回程度無料で出金できることが必要ではないか」という議論がされているようですが、1ヶ月の生活に必要な資金を一度に引き出す労働者がどれだけいるのでしょうか。生活実態を無視した結論ありきの議論がされているように思われてなりません。

 

 

労基法24条1項に違反するのでは

将来的に解消する可能性はあるにせよ、そもそも利用場面が大幅に制限され、サービス利用者や店舗の手数料が高く、~ペイの規格が乱立し、~ペイ同士で相互に等価交換もできないサービスを、通貨による賃金支払いと同視するのは、現状では不可能だと考えます。また、サービスを利用するのに携帯端末の存在が前提になり、その契約の維持、端末の維持管理が労働者の自己責任となるのも通貨による支払いとの大きな違いです。

そして、これらの点をクリアしなければ、他の点の利便性をいくら上げ、欠点を補っても、労働基準法24条1項違反になり、施行規則をいかに改正しても、元々の法律に違反して無効だと思います。

 

労働者の同意要件は機能しない

この点、労政審では、労働者の本人同意を要件にする旨を議論しており、最終的には「本人がOKすれば良いじゃないか」で済まそうとしているように見えます。しかし、現状ですら、勤務先の企業が取引しているメジャーとは言えない銀行の特定の支店での口座開設を事実上強いられる労働者は沢山います。労働者の同意要件が、それが必要となる事案(労働者の立場が弱い事案)で機能するとは思えません。結局、アルバイトや日雇い労働者、外国人労働者など、立場の弱い労働者が通貨に似て非なるものを押しつけられる結果になることを危惧します。

 

 

先に通貨と同視できる利便性を確保すべき

筆者も~ペイ(キャッシュレス決済)の将来性を否定するものではありませんが、現状、~ペイ(キャッシュレス決済)が通貨と同視できるような社会的な通用力を持っていない以上、賃金のペイ払いには反対だし、政府の審議会でどのように取り繕っても、労働基準法違反の点を回避できないと考えます。

労政審での議論を止め、まずは、~ペイが、通貨と同視できるような信頼性を、社会から得られる環境を整備すべきではないでしょうか。そのためには、手数料の抜本的見直し、乱立した規格の統一など、課題は多いと考えます。

 

追記

 労政審の議論で見落とされている点を論点として提示すると以下の通りです。二つ目の点は本稿では触れていません。

・携帯端末の問題。携帯キャリアと労働者の契約が介在する問題

・資金移動業者と労働者の契約が介在する問題(アカウントの永久凍結が容易)

・生活の基本部分で法的な強制通用力が担保されない問題

 

 

 

 

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資金移動業者の口座への賃金支払いに反対する幹事長声明

 

 

 

労働者への賃金の支払は、労働基準法により「現金」での直接支払い(※現状は銀行口座への振込が一般的)が原則となっています。この「現金」を「デジタルマネー」でも可能とする案が出ています。この件につき、日本労働弁護団では幹事長声明(勿論 反対 です)を出しました。

 

 

 

 

資金移動業者の口座への賃金支払いに反対する幹事長声明

2022年10月5日
日本労働弁護団幹事長 水野英樹

 

本年9月13日の労働政策審議会で、資金移動業者の口座への賃金支払い(以下、資金移動業者の口座に支払われるものを単に「デジタルマネー」と称する。)を認める方向でおおむね合意されたという報道がなされている。

 

しかし、労働基準法24条1項は、通貨での支払いを求めているところ、これは、労働者の生活を保障すべき賃金は、一般的な交換可能性を持つもので支払われなければならない、という趣旨によるものである。

 

しかし、デジタルマネーは、いまだ普及率が高くなく、2021年のコード決済の割合は決済全体の1.8%にすぎない(経済産業省によるキャッシュレス決済比率)。しかも、平均利用額は月2万6568円(2021年家計消費状況調査。ただし、前払式支払手段を含む)であって、到底生活全般に利用できるものとして普及しているわけではないし、現に使用できない店舗も多くみられる。

 

現に、労働政策審議会に提出された資料上でも、「給与デジタル払いが可能になったら、制度を利用したい?」との問いに対し、利用したい26.9%に対し、利用したくないが40・7%と上回り、給与全てをデジタルマネーアカウントに入れたいとした回答はわずか7.7%にとどまっており、ニーズがあるとも到底いえない状況である。

 

さらに、現金化が1ヵ月に1回は手数料なく現金化が可能であることが必要であるとの条件も付けるようであるが、現状、そのような仕組みは整備されていない。

 

そして、2020年7月17日に閣議決定された「成長戦略フォローアップ」において「2025 年6月までに、キャッシュレス決済比率を倍増し、4割程度とすることを目指す」とされ、同文書内で「デジタルマネーによる賃金支払い(資金移動業者への支払い)の解禁」が謳われたことを受け、2020年8月27日より労働政策審議会労働条件分科会において議論が開始されることとなった。このように、デジタル化を推進するために未だ十分普及していないデジタルマネーを利用し、この普及を図るという逆転した論理となっていると言わざるを得ない。

 

また、労働者の同意を要件とするといっても、労使の力の差を考慮に入れれば、労働者の同意が形骸化するおそれは否めず、通用しない場面も多々あるデジタルマネーで、生活の資となる給与の受け取りを強いられる可能性もある。

 

以上の通り、資金移動業者の口座への賃金支払いは時期尚早であり、デジタルマネーが十分生活用資金として普及していない現状では労働者の利便性を損ない、ひいては労働者の生活の保全を図る労働基準法24条1項の趣旨に反するため、反対する。

 

 

 

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