朝ドラ『らんまん』が最終月に入り、どんな結末を迎えるのか楽しみな今日このごろです。主人公の牧野富太郎博士は、広島では朝ドラで取り上げられる前から芸北八幡のカキツバタ自生地発見のエピソードがよく知られており、awakinも八幡に建てられている句碑を訪ねたり、関連のイベントに参加したりと興味を持って接しておりました。

 

それが『らんまん』のおかげで関連の施設ではイベントが目白押し状態となり、たぴたぴ参加させてもらっているのですが、中に牧野博士の広島県内での活動(植物採集行)をまとめた資料が展示してあったので載せてみたいと思います。

 


牧野博士の県内での足跡(広島市植物公園でのイベント資料から引用)

 

驚くほどの訪問頻度、明治41年(47歳)から昭和15年(79歳)までの間に県内の様々な場所を何度も何度も訪ねておられます。awakinが敬愛する民俗学者の宮本常一さんも、その行程を赤線で結んだら日本中真っ赤になるだろうと言われた方でありますが、牧野博士の植物採集行程もおそらくは宮本さんに負けず劣らずのものであったのではないでしょうか。

 

『昭和八年の六月初旬に私は、広島文理科大学植物学教室の職員学生等二十八名と、同県山県郡の三段峡に行ったことがあった。その時、同峡を通り抜けて北行し、八幡村の蓬旅館に宿したのが同月三日であった。(中略)昭和十年の秋に再び同旅館に宿したので、注意してみたけれども、この時はサッパリそれに出会わなかった。』(草木とともに 牧野富太郎自伝・石吊り蜘蛛)

 

『6月4日 山県郡西八幡村1703 蓬旅館 廣島 蓬旅館を出て大学演習地に向う途中カキツバタの自生地を過ぐ、今正に花盛りにて遅からず早からずと云う有様なり。(中略)蓬旅館に帰り同処より午后二時頃自動車にて夕刻廣島に帰り、大学にて採品を始末し、深更(よふけ)帰宿す。』(牧野博士の『日記』)

 


看板に「四茂樹」とある戦前に撮られた蓬旅館、停まっている自動車は三段峡遊覧自動車の車両(観光バス)ですが、大朝始発でこの旅館が終点だった路線バスもあったようで、宮本常一さんは昭和14年にその路線バスでこの旅館までやって来て、冷たい豆腐を食べた後、樽床の峡北館を目指して雪の中歩き始めたと書いておられます。

 

戦前に樽床・峡北館で販売された絵葉書(三段峡案内図)

資料によると牧野博士は重複はありますが三段峡を5回、八幡を2回歩いておられます。三段峡は入口の柴木口から最奥の三ツ滝まで約16kmあり、ただ歩くだけでも相当な時間がかかりますが、博士は植物を探しながらの採集行です。何日もかけて峡内、山内を歩かれたこでしょう。上の案内図を眺めると、三段峡周辺には当時4軒(よもぎ旅館、峡北館、ます屋、楓林館)の旅館があり、そのいずれかに泊られたのではないでしょうか。

 

自伝には2度「蓬旅館」に宿したことが書かれてあり、ほかの旅館には「峡北館」に、現在は広島県立文書館に保管されている当時の宿帳(芳名録)に昭和6年、8年、12年に博士が自筆で書かれた記載があるので、都合3度樽床で宿泊されたようです。

 

博士最後の芸北行となった昭和12年に撮られた苅尾山頂での記念写真

 

八幡千町原に建てられた句碑の隣にある説明版です。

句は『衣にすりし 昔の里か 燕子花』で、カキツバタを自分が着ているシャツにこすりつけたのは、博士が昭和8年6月に自伝に紹介されている蜘蛛の糸に吊るされた小石のエピソードに遭遇した同じ日のことで、蓬旅館近くにあった自生地の様子に博士が感動してとられた行動です。

 


昭和の初め頃に撮られた芸北八幡のカキツバタ & 中門造の民家

 

牧野博士は自著「植物知識」の中で『広島県安芸の国の北境になる八幡村で、廣さ数百㍍にわたるカキツバタの野生群落に出逢い(中略)さっそくたくさんな花を摘んで、その紫汁でハンカチを染め、また白シャツに摺り付けてみたら、たちまち美麗に染まって、大いに喜んだことがあった。』と書いておられます。

 

ただ、カキツバタ自生地に感動したことを差し置いて、その日宿で見かけた蜘蛛の不思議を自伝に書かれている(日記には逆にカキツバタを初め植物のことばかり)のは不思議に思いますが、採集行は博士にとっては楽しいことばかりで、星の数ほどある楽しい想い出の中からどれを書こう?としたときにもしかするとたくさんありすぎて選ぶことができなかったのかもしれません。(自伝に記述のある採集行はただ一つ、「ムジナモ発見物語り」だけです。)

 

因みに説明版の左下にちょっとだけ見えている緑色の葉っぱはササコザサ、自伝には奥様が重態のときに博士が仙台で発見した植物で将来墓所に植えたいと書いておられることから博士の奥様に対する愛情の念が詰まった植物と言ってよいでしょうか。

 

『らんまん』の展開ではこれからのところ、どのような演出がなされるか興味深いところです。