高齢者のレッテルを貼られる直前のawakinですが、最近ノスタルジックな昔の夢をよく見るようになりました。

 

脳内の格納場所が違うこどもの頃の記憶、脳細胞がつぎつぎと死んでいくにつれ、深層から浮かび上がってくるのかもしれませんが、きょうはそんなこころの風景のひとつ、地元三篠の交通公園のはなしを少々…。

 


公園南端にある丘から南側楠木方向の眺め(撮影日:2023.2.20)

 

下に見えている道路はゴーカートのコース、本当は孫が乗ったクルマが通るところを撮影したかったのですが、この日は月曜でゴーカートがお休みでありました。

 

フェンスのむこうは大芝公園、昭和30年代の中ごろまでは官有無番地で多くの人の住まいがあったところ、もっと前の江戸時代には地名を水越といい、大雨が降ると城下を守るためにいち早く堤防が切れるようにしてあったという藩政期の極悪政の舞台でもあります。

 

ここ交通公園の開園は昭和43年5月でawakinが小学3年生になったばかりの頃でした。できたばかりの時に歩いて5分の小学校から見学に来て、みんなでゴーカートに乗って競争したのを覚えておりますが、そのとき料金を払ったか(学校の行事で行ったのでお金は持っていなかったはず)までは覚えていません。

 

思えばあの日から50年、ずーっとこの地に住み続けているので、結婚して、子どもの幼稚園の遠足で来て、孫といっしょに日向ぼっこしたりとこれまで何度足を運んだか数えきれませんが、こころの風景交通公園です。