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気を遣いすぎるのは
自分のことを「鈍感」だと思っているから。

相手のことを気遣っていないと

「きっと、相手の望んでいることを
  “さりげなく”気付いてはあげられない」

と思っているから。

気がつく人、そうではない人。
というのは、本来正しくなくって

ある点について、
ある場面において、

気がつきやすいパターンを持っている人
気がつきにくいパターンを持っている人が
いるだけ。

言葉の違いに対して敏感に気付くのに
部屋の散らかりに気付かない

好きなアーティストのライブで
声を聴くだけでその人の調子が分かるのに
塩味のキツイラーメンやにはいっても
気にしない。

「おいっ、もっと気づけよ!」
つっこんでみる・・・

ー~ー~ー~ー
人には今まで生きてきた中で
あるいは、ご両親やその両親、地域で
培ってきた、微細な違いに気付ける
パターンがあります。

これが知覚のメタプログラム。
もののとらえ方のクセです。

そう、クセです。
そして、私たちは使いやすいやり方を見つけると
ついつい、それを多用します。
結果、そのパターンは鍛えられ、
使わないパターンは鍛えられないまま。

そこに気付いたとき、
「自分ってなんて鈍感なんだ」
そう思ってしまうだけなんです。

考えてみて下さい。
“これだけはこだわりたい”というポイントは
どのくらいありますか?
そして、そのポイントについて
どのくらい敏感に違いに気付いていますか?

そう、
こだわっているか、いないか
使っているか、使っていないか
慣れているか、慣れていないか
だけです。

ですから、メタプログラムは
鍛えたり、意識して使う事も出来ます。

「相手のことを気遣う」というのも
自分が得意でないと考えている点を意識的に
補う・・・実は鍛えていることにもなります。

・・・右利きの人が、左手で急にお箸を持つようなもの
   最初は何も掴めなくても、
   使っているうちに、慣れてきます。

大切な事は、自分を決めつけないこと
鈍感な“人”な訳ではないのです
ただ、得意ではない、慣れていない事柄について
鈍感な“状態”が起こっているだけです。

その気になれば、鍛えることも慣れることも出来ます。

仮に、周りの人と一緒に何かをすることがうまくない
メタプログラムが働きやすいのであれば、

ちょっと気合いを入れて、
鍛錬のつもりで、テンションあげて
仲間と交わることも出来ます。

最初は、終わった後・・・ぐったりしたとしても
経験値として、ストレッチとして
そのパターンの筋肉は鍛えられ始めています。

もし、今自分にとって、
役に立たない、考え方をしているな、とか
役に立たない、とらえ方をしていると思ったとき

その入り口に、
本当は今役立つはずの、メタプログラムの
運動不足が起こっているかもしれない。

そう考えてみて下さい。

そう、ただ、その運動不足を解消することで
考え方やとらえ方、そしてそれに続く
決断や行動が変わり始めます。

私たちの、「◎◎な人だから」という自己評価も
今回のようにメタプログラムレベルまで
掘り下げて分解してみると
変化を起こすことは比較的容易になりそうです。

言い換えれば、年齢に関係なく
いつでも、私たちは変わり始められるし
成長することが出来るのです。

ー~ー~ー~ー
言っている自分も
食べ物には、それほど頓着しないし、
部屋もすぐ散らかる
時にはほったらかしにもなる

本当に鈍感でいられるとしたら、そのことにそれほど大切に思っていないか
こだわりがないだけ

相手に対して「鈍感かも」と思うのは
相手に対する心遣いを大切に思っているか
そうしなければ、もしくはそうしたいと思っているから

そういうこと。
鈍感な奴なのではなく
そういうことに、今、鈍感なだけなのだ。
鍛えたいと思えば

いつでも

成長できるはずだ。

では。
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稗島 正樹 まさき@活き生きトレーナー
NLPトレーナー 
国際ニューロセマンティック協会認定メタ・コーチ
コミュニケーションプロセスイノベーター