トラステ
jidai
テーマ:ブログ
まだ今から始まる世界にワクワクしていた。
手に入れたばかりの結婚。
飛び出したばかりの社会。
「なんで俺なんだっ」
彼女を連れて正月旅行から戻ってきてから、調子が悪かった。
そのもっと前から風邪が治っていなかった。
微熱が続き、咳が止まらず‥‥
正月が明け会社がはじまり、
帰り着いた家で、床に倒れたマネをして
「死、死ぬ~」
などと、旅行疲れかと思い甘えていた自分を思い出す。
衝撃的な告知を病院で聞くことになるとは‥‥
音のない世界。視覚が真っ白になる経験をしたのはすぐのこと。
思考は現実を受け入れることなく、強烈に
「悪い夢だ」
ひたすら呪文のように繰り返したかと思うと突然静寂の無が訪れる。
時間の感覚もなく、世界中で生きているのは自分だけになってしまったような‥
自分だけが世界から引きずりだされ宇宙に放り出されたような。
このままなにもしなければ、数ヵ月後には消えてしまう俺という物体。
雑然とした6人部屋の病室
自分の知らない間に世の中が変わっていくという悔しさ。
自分が知らない間に人が変わっていくあせり。
自分が知らない間に大切な物が消えていくという疑惑。
悔しさ、あせり、疑惑‥‥‥
笑いあう家族連れを見た時の苛立ち。
健康な人の不満や愚痴への恨み。
やりたいことがあふれ出す欲求の苦痛
苛立ち、恨み、苦痛
マイナスな感情
それらがパワーとなっていた。
何が役立つか分からないものだ
28からの経験は、確実に自分の過去に刻まれている。
生き方を、価値観を、考えなくてはならなくなった、若き日の自分。
あの時、自宅のデスクに
「戻ってきた俺に」と手紙を書いた。
3つの希望だった
自分を褒め
人生の目標を記し
妻を大切にすること‥‥
恐怖や絶望を乗り越え自信がつき
人生の目標を人より先へ先へすすむ事ができている。
ひとつだけ守れなかったこともある‥
妻が側にいないこと‥
28の青年と24の女は
切ない過去を共有することで
生き方を考え、悩み、価値観を、自分らしく考え、
貪欲になっていた。
お互いが全てに悔いのないようにわがままに。
外の空気を二人で吸った瞬間から始まっていたのだろう‥
ぼんやり生きてきた妻は
「明日、交通事故で死ぬかもしれないから」
と笑いながら彼女らしくなっていった。
私は人生の目標の事業を起こしめまぐるしい日々を
過ごしだした。
若い二人は走りだしたら止まらなかった。
気づいた時には、二人の軌道は、見えないところまでづれあってしまっていた。
当時‥‥
私には妻しかいなかった。
妻はいつからか、実家に泣きつくことをしなくなっていた。
友人にさえ会おうとしなかった。
「友達に会うとあまえちゃうし、聞きたがらないから。どうせ誰でも経験することなのに」
と呟いてる姿を思い出した。
妻は家に一人でいる
妻は病室で私の側にいる
そんな姿しか思い浮かばない。
何を考え何を思いすごしていたんだろう。
誰にも入れない一瞬の狂気の世界を私達は過ごしたのかもしれない。
怒りも悲しみも苦しみも妻にしかだせなかった私。
私以外と会話を閉ざしきった妻。
本当の二人の世界。切なく甘く世間から切り離された世界。
何故、最近になってこんなに鮮明に当時を思い出すのだろう。
告知されてから三年、混乱しきった頭ですごし、
記憶も途絶えがちだったのに‥
私は、新たな家庭を築き満足している‥
人生の目標が到達されようとしている今、思い出すのは
妻ばかりだ‥
街中のカフェでそんな事を思い出していた。
ロングヘアーの女の子が満面の笑みで私の前を走っていく。
妻の笑顔が一瞬重なる。
さっきの回想が現実の女の子に重なるなんて、私も歳だな‥
自嘲ぎみに思いながら、女の子の姿を目で追う。
母親らしい人に追いついて、歩いていく後ろ姿が見えた。
回想の妻の顔が現実の大人の女性にかさなった。
手に持っていたカフェラテは手からすべりおち、
衝動的に走り出していた。
今だけは28の私が