第一首 完訳カタカムナ 天野成美より






今回はカタカムナがこの世に現れた経緯をかいつまんで書きます。
詳しく知りたい方は
「日本のニコラ・テスラ ミスターカタカムナ」
  天野成美 板野肯三  星雲社
をお読み下さい。


理系青年から技術者として 


楢崎皐月氏は明治末期に母の実家、萩に生まれます。
生後すぐに北海道開拓に携わっていた父のいる札幌で学生時代までを過ごします。

その頃の世界はヨーロッパを中心とした産業革命、蒸気、石炭などのエネルギーからさらに電気エネルギーへと急ピッチで重工業が発展していました。

明治からの日本も国家をあげて殖産工業を起こし、追いつこうとしていました。

若かりし楢崎氏は電気に興味を持ち、兄と実験を行ったりしていました。

大学進学の予定がアクシデントでなくなり、軍隊に一年入隊、出会いにより日本電子工業に入社、働きながら、電気専門学校で学び、独学で物理学や化学などおさめました。

その後、フリーの技術者として日本電子工業と契約し、特殊絶縁油の国産事業化に成功します。

彼の活躍は石原莞爾の目にも止まる事となり、人造石油を精製する研究に入ります。

時は移り、日本が建国した満州国では国民党との争いによりエネルギーな供給が困難となり、満州鉄道を延伸する必要に迫られました。

質の良い人造石油と鋼鉄の製造技術を求め、首相に就任した東條英機は天才的技術者として名が知られはじめた楢崎皐月に満州における製鉄の仕事を要請しました。

こうして楢崎は42歳の時、満州、吉林省の製鉄技術試験場の所長として赴任します。


満州での藘有三老師との出会い


楢崎は当時、満人達の間で尊敬を集めていた藘有三(ろ・うさん)師に道教寺院に詣でた際に出会います。

老師は楢崎に

かつて日本列島で暮らしていた原住民であるアシア人が創造した八鏡神美津文字はすべてのものの理を明らかにする文字であり、天地万物の成り立ちや経過まで明らかに示している

老師経古伝によると古代日本のアシヤ族は特殊な鉄を始め、さまざまな生活技法を開発しており、それらが神農氏によって伝えられてシナの文化の元となった。

道教の源流は日本からもたらされたと聞いている

と語りました。

つまり、老荘思想、陰陽五行、風水、神仙術、中医学の源流には超古代の日本文化があるということでした。


実際の会話は漢文による筆談で行われたようです。

楢崎は、これを聞いた時アシヤ族とは神戸の芦屋、アジア大陸という名称と無関係ではないと思いました。

その後、敗戦となり、帰国して畑など農業に従事します。

農業技術開発など戦後復興、食糧増産と確保を主目的とした電気工学を農業分野に応用する重畳波研究所を経た後に、楢崎は、全国大地電気の分布調査を行いました。

楢崎は満州で鉄を精製する過程で植物や作物が良く育つ地域と作物があまり育たない地域がある事に気づき、電位に違いがあるのではと推測していました。


平十字とカタカムナとの出会い


大地電気の測定調査を続けていた楢崎達のグループは神戸東灘区六甲山の麓で、「金鳥山には蘆屋道満の墓ともいわれる狐塚という穴があるから行ってみるといい」という話しを地元住民から聞きます。

蘆屋道満は安倍晴明とならぶ著名な陰陽師で陰陽道は古代中国の道教流れを汲む占術です。

金鳥山に入山して何日かした夜に鉄砲を手にした猟師が現れます。

泉に妙なものを仕掛けるから動物達が水を飲めなくて困っている 

というので,翌朝、楢崎は調査のために泉に張り巡らせていた電線をとり外しました。

すると夜に再び猟師が現れ、

自分は平十字(ひらとうじ)と名乗り、
父はカタカムナ神社の宮司をしている、父祖代々伝わる御神体であると
古い和紙に書かれた巻物を開きました。

巻物には○と十字を基本にした記号のようなものが渦巻き状に書かれていました。

今までに見た事もない図象を見せられた楢崎は満州で盧有三に聞いた「八鏡化美津文字」を思いだします。

楢崎は是非これを写させてほしいと願いでたところ、快諾を得て、夜な夜なみかん箱の上でローソクの灯をたよりに大学ノートに書き写しました。

また、平十字は昼間にふと現れて六甲の地形について説明したり、太古の歴史について語りました。

とりわけ印象深い話しとして、

天皇家の祖先である天孫族は、国津系のカタカムナの神を祀る一族の主であるアシアトウアンと戦い、先住民であったアシアトウアンは天孫族に負けて、九州に落ち延び、そこで死んだと言う話を語ったそうです。


カタカムナ解読とその後

楢崎は写しとった○と十字の図象を解読するのに5年間を要しました。
古事記や日本書紀、その他古文書を参考にしながら努力を重ねた結果、その内容が森羅万象の発生原理を示す科学的な実用書であると確信するに至ります。

楢崎の到達した確信と理は、当時の唯物科学に染まりきった科学者やマスメディアにも受け入れられませんでした。

カタカムナの後継者をなかなか見出せないなか、一般向けの講演を開き、そこで宇野多美恵女史と出会います。
宇野氏は孔子、ゲーテ、釈迦のサトリを学んだ方であり、カタカムナの唯一の後継者と指名されます。

科学者ではない女史に楢崎はこう助言しています。

「今の科学では認めていられない事を公の場に出せば必ず叩かれるので、無駄な喧嘩をせずに、シロウトとして上古代の物理はこうであると押し出せばよい」


今に生きる幸せ

さて、日本昔話か童話の世界か と思うようなエピソードありのカタカムナがこの世に現れた経緯です。

その牧歌的なエピソードに比べ、この世の状況は戦争や無理解など、今の世にある理不尽満載です。

カタカムナ、言霊もそうなのですが、研究していた方が盗難や事故にあったり、火災で研究資料が消失したりという事が過去にはありました。

出る杭は打たれるという事なのでしょう。

けれど今はカタカムナも言霊も自由に学べるようになりました。
資料や本もたくさんあり、それぞれの得意分野に合わせた研究も多くあります。

人間の意識のステージが上がっていくおおいなるチャンスの時期なのではないかと思います。


今回も長くなってしまいました。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。