宇田 明の『もう少しだけ言います』

宇田 明の『もう少しだけ言います』

宇田 明が『ウダウダ言います』、『まだまだ言います』に引き続き、花産業のお役に立つ情報を『もう少しだけ』発信します。

今回のお題は、久しぶりに「STS」。

金(ゴールド)の価格が上昇しているとニュースでよく耳にします。
インフレや先行きが見通せない世界情勢に備え、安全資産として金が買われているそうです。
金が値上がりしても、資産を持たない庶民には無縁。

しかし、金が上がると、銀も上がります。
投資の世界では「銀は金の後を追う」と言われ、金が先に買われ、割安感から銀にも資金が向かうからだそうです。


その銀の値上がりは、花産業に巨大なダメージ。
それは、銀がSTS(チオ硫酸銀錯塩)の原料だからです。
いわずとしれた切り花の延命剤。
それも生産者が出荷前に処理をする「前処理(まえしょり)剤」。

 

銀は、切り花の老化ホルモンであるエチレンの働きを抑え、日持ちを、驚異的に延ばすことができます。

しかも、銀は、超微量で日持ち延長効果が大きく、人にも環境にも安全な物質です。


切り花の寿命をのばす 銀の安全性【花づくりの現場から 宇田明】第44回
https://www.jacom.or.jp/column/2024/10/241003-76841.php


STSが実用化して、スイートピーの花が落ちなくなり、人気品目になることができました。
スイートピーが切り花輸出の花形になっているのはSTSのおかげ。

 

画像1 STS前処理の効果「スイートピー」

    左:STS前処理有り 右:STS前処理無し(水道水)

    STS処理をしないとすぐに落花

 

花壇の花だったデルフィニウムが切り花になったのもSTSがあったから。

 

画像2 STS前処理の効果「デルフィニウム」

   左:STS前処理有り 右:STS前処理無し

   スイートピーと同様、STSで前処理をしないとすぐに落花
 

脇役だったカスミソウが主役になれたのも、STSで日持ちが延びたから。
トルコギキョウが大品目になったのも、育種に加えてSTSのおかげ。
カーネーションはコストパフォーマンスがよく、ずっと5億本以上の消費があるのは、STSで日持ちが長くなったから。
コロンビア、中国からカーネーションが大量に輸入されるようになったのも、STSのおかげ(これは困ったことですが)。


とにかく、日本だけでなく、世界の切り花生産はSTSがなければ成り立ちません。

STSとは、
Silver ThioSulfateの頭文字。
化学名は「チオ硫酸銀(錯塩)」。


STSの製造はきわめてカンタンで単純。
硝酸銀とチオ硫酸ナトリウム(ハイポ)を混合するだけ。
ハイポは、金魚を飼うひとにはおなじみ。
いわゆる「カルキぬき」
水道水の塩素を中和する。
値段はきわめて安い。
1kgで1,000円ほど。
そのため、STSの値段のほとんどは銀(硝酸銀)の値段。
したがって、銀が値上がりをすると、STSももろに値上がり。

STSの値上がりは、JAcomのコラムで紹介しましたが、花産業限定の愚ブログではより具体的に説明します。


金が上がると切り花の日持ちが短くなる【花づくりの現場から 宇田明】第79回
https://www.jacom.or.jp/column/2026/02/260219-87596.php


STSはクリザールやパレス化学などが市販。
(それらは、製品が安定するようにワインのように酸化防止剤を加えている)
それらの商品は、銀があまりにも高くなり、一時製造販売を中止。
再開し、生産者が安堵したら、その価格は3倍に値上がり!
3割のまちがい?
いえ、3倍です。

その根拠は図1をみればうなずくしかありません。

 


図1 銀相場価格の推移(円/g)

   田中金属税抜小売価格

 

銀の相場は、2000年には1グラム18.8円でした。
その後、何度か高騰しています。
2006年には46.1円に高騰。
2011年には93.5円。
安全資産のとして金や銀に資金が流入したため。
コロナ前の2019年には59.5円と少し値下がり。
それが2024年には141.4円に急騰。
さらに昨年2025年には209.4円!

2026年に入っても銀の高騰は続いています。
1月の平均価格はなんと486.4円!!
2025年比2.3倍
2024年比4.5倍
2019年比8倍
2000年比26倍

メーカーのクリザールさんは大変。
生産者はもっと大変。

切り花生産者はSTSの値上がりにどのように対処するのか?

STSを発明?したのはオランダのVeen。
その論文がPlantaという雑誌に載ったのが1979年。
その1年後の1980年には、カリフォルニア大学のReidがアメリカ園芸学会誌に発表。
わたしが、Reidの論文を見て、STSをカーネーションで実験したのが1984年、日本の園芸学会に発表したのが1985年。
それから40年がたちました。

では、急騰したSTSに生産者はどう対応するか?

STSが高くなったから使用をやめるという選択肢はありません。
現在の切り花の流通、消費は、STSで前処理をしているという信用・信頼で成り立っています。
STSをやめれば、日本の切り花生産の消滅を早めるだけです。

ではどうする?


使い始めて40年がたち、処理方法がマンネリ化し、横着になっています。
原点に戻りましょう。
40年前のような緊張感を持ち、科学的に正確な処理をし、使用量を節約しましょう。

STSの日持ち延長効果は、切り花に吸われた銀の量で決まります(図2)。


図2 カーネーションのSTS処理による銀の吸収量と日持ちとの関係(宇田 1986)

   銀吸収量はカーネーション切り花新鮮重100gあたり

   銀吸収量の単位はμmol

             日持ちは、1.5μmolで最長になり、それ以上吸わせても日持ちは延びず、5μmol以上では

   銀の過剰障害が発生する(●が過剰障害)

 

少なすぎると効果が小さいし、かといって多く吸わせてもさらに日持ちが延びるわけではありません。


品目ごとに、最適・最小の銀量がわかっています。


たとえば、カーネーションは切り花新鮮重100gあたり1.5μmol。
STSでは慣用的に単位はモル。
モルの1/1000がミリモル、1/百万がマイクロモル。
超微量の銀で効果があります。


カーネーションは、5μmol以上吸わせると、銀の過剰障害が葉や花びらの先に発生します。
スイートピー、デルフィニウムは1μmol、カスミソウは5μmolが目安になります。

 

銀が高くなったといっても吸収させる量が超微量。

STSが一挙に普及したのは処理コストがきわめて安かったからです。

それは、STSの値上げ後も、かわりません。

「節約」で対処できます。

最少で最適な銀を吸わせるための処理方法

水道水を吸わせて、切り花新鮮重100gあたりの吸水量を測定。
そこから、STSの処理時間を決め、処理濃度(希釈濃度)を決めます。
STSが高くなったので、処理時間を1時間に決め、タイマーを設定。
1時間たつと、STSから水道水、または美咲などの砂糖・抗菌剤の切り花栄養剤のおけに移しかえる。
STS希釈液は連続して使用し、廃液をださない。


これだけでSTSの使用量は大幅に減ります。

これらの作業は、産地ごとに、営農指導員さん、普及員さん、研究員さんとともに実施し、STS前処理のマニュアルを再確認してください。

蛇足ですが、

値上がりしたからと言って、STS処理をやめるという選択肢は、エチレンで老化する切り花の生産者にはありません。

 

宇田明の『もう少しだけ言います』(No.520. 2026.2.22)

2015年以前のブログはhttp://ameblo.jp/udaakiraでご覧頂けでます。

農業協同組合新聞のweb版(JAcom)に、

コラム「花づくりの現場から」を連載しています。
https://www.jacom.or.jp/column/