はい、どうも。スズキです。
江戸川区とは全然関係ありませんが・・・。
せっかくなんで、今日は小橋建太選手をフィーチャー。
以下Wikipediaより、一部抜粋させていただきます。
特別なスキルもなく、トップレスラーとなりえたのは、
誰よりも練習に励んでいたからだとも言われている。
全日本プロレス時代にジャイアント馬場の付き人としてハワイへ行った際、
ひたすらトレーニングしていたのを見かねた馬場が
「休むのも練習の内だから休め」と命令したほどである。
全日本プロレス時代、小橋の試合を解説していた川田利明が発した
「あいつを殺すには刃物は要らない。ダンベルを取り上げればいい」は彼の練習好きを端的に表す名言。
若手時代に全日本のお家騒動で海外修行へ行けなかったため、
海外での試合に強く憧れていた。
2005年、GHCを失ったことから身軽になった小橋は
海外での試合を訴えるようになる。
同年9月20日、遂に会社へ認められ、アメリカに渡った。
アトランタからセントルイスに向かう飛行機内では
(許可を得た後)上半身裸でトレーニングを開始し
女性乗務員に「グレートマッスル!!」と驚かれていたが、
同性愛者と思われる男に股間を触られ、
流石の小橋もこれには堪えかねたか「アメリカは怖い」と呟いた。
しかし、目的地につくと午後11時にもかかわらず、
開口一番
「ジム開いてないの?」
と言ってのけた。
ファンサービスが丁寧であることも知られている。
どんな状況でも必ず笑顔でサインをし、断ることはほとんど無い。小橋自身が幼少期、プロレス観戦に行き
新日本プロレス所属(当時)の藤波辰巳にサインを求め、
快くサインをしてもらったという思い出があり、
デビュー時からファンを非常に大切にしている。
負け惜しみや悪口やデカい口を叩くなどということは一切無縁である。小橋と対戦経験のある“世界一性格の悪い男”鈴木みのるは、
「俺に挑発されたレスラーは大抵ムキになって言い返すけど、
そうすると向こうの印象が悪くなるだけだし、大体口で俺に勝てるわけがねぇ(笑)。
でも小橋はそういうことが無い。
あいつこそ真のベビーフェイスだ」
と、小橋を評価している。
GHC王者だった時には、
ベルトを綺麗に磨き、会話するのが日課であり、
ベルトを持参したファンとの撮影会の翌日にもかかわらず、
ピカピカに磨かれたベルトを見て付き人だったKENTAや潮崎豪は大変驚いていた。
2006年7月18日の高山善廣復帰戦に際し、
小橋と高山がタッグを組むことで話題を集めたが、
2006年6月29日、精密検査で腎臓癌が見つかり、手術・治療のため長期欠場。
7月に腹腔鏡下手術を行い、無事成功。
189日後の12月10日の日本武道館大会に姿を見せ近況を報告。
2007年10月27日の日本武道館大会に姿を見せて、復帰戦の対戦カードを自ら発表。
そして12月2日の日本武道館大会で、546日ぶりとなるリングに復帰した。入院した際に、三沢社長が
「病室にダンベルを持ち込ませるな」と全選手に命令をしていたと言われている。
手術の際に医師から
「筋肉が人の3倍あるから手術が大変だった」
と言われて大変喜んだそうで、
その話を聞いた秋山が
「その3倍の筋肉を4倍、5倍にしようなんて考えないでください」
と自身のブログで発言した。
更なる詳細はこちらで。
小橋建太 Wikipedia先にも触れました腎臓ガンからの復帰戦入場シーンがこちら。
テレビ映像もありますが、
臨場感という意味で、あえて観客の方が撮られた映像を添えたいと思います。
ひとりでも多くの方に、プロレスを知っていただければ幸いです。