『感謝してます☆ミ』

☆ありがとうの奇跡☆
               小林正観さん著より

【一隅を照らす人】

「しあわせ」の語源は「為(な)し合(あ)わせ」です。

お互いにしてあげることが、「幸せ」の本質なのです。

努力をして、頑張って、必死になって、自分の力だけを頼りに生きていこうとする人のもとには、人は集まりません。

「孤独という状態」が続いてしまいます。 

一方で、「自分の力なんてないんだ」と思っている人は、まわりに支えられて生きていることがわかっているので、「謙虚」です。 

「謙虚」とは「感謝」すること。

「感謝をする人(「ありがとう」を言う人)」のもとにはたくさんの人が集まってきて、「よき仲間」に囲まれます。 

教え合い、学び合い、交歓し合う「よき仲間」に囲まれたなら、それだけで「天国度100パーセント」。

頑張りも努力もいりません。 

ただ、「喜ばれること」を続けていけばいいのです。 

「思いを持たず」、よき仲間からの「頼まれごと」を淡々とやって、どんな問題が起こっても、すべてに「ありがとう」と感謝する(受け入れる)こと。 

「そ・わ・かの法則(掃除・笑い・感謝)を生活の中で実践することであり、「ありがとう」を口に出して言い、逆に、「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を言わないこと。 

すると、神様が味方をしてくれて、すべての問題も出来事も、幸せに感じて「よき仲間に囲まれる」ことになり、「喜ばれる存在」になる。 

これこそが「人生の目的」であり、「幸せの本質」なのです。

          ーーーーーーーーー

小林正観さんは「よき仲間に囲まれている状態」を「天国度100パーセント」と言っている。

よき仲間とは、次のような人のこと。

●「自分の喜びを一緒に喜んでくれる人」

●「『あなたはあなたのままでいい』と言ってくれる人」

●「同じ方向を向いて、同じ価値観で生きている人」

●「同じ話題を、同じように笑顔で話せる人」

●「喜ばれるように生きている人」

●「不平不満を口にせず、常に感謝をしている人(「ありがとう」を言っている人)」

そして、小林正観さんは「頼まれごとの人生」で生きると、楽に生きられるという。 

頼まれごとは二つある。

一つは人からの「頼まれごと」。

もう一つは神さまからの「頼まれごと」。

神さまからの「頼まれごと」とは、「すまないが、あなたはこの役をやってほしい」と頼まれること。

人生は、神さまのつくったシナリオ通りに動いている演劇のようなもの。

ある人は、「会社の社長」や「お金持ち」の役で、またある人は、「サラリーマン」や、「芸術家」、はたまた、「病人」、「貧乏」、という役だったりする。

その役という、神さまからの頼まれごとを通じて、愚痴や不平不満を言わず、人生を立派に演じ切る。

目の前の一瞬一瞬を懸命に生き、人に喜んでもらう。

それを「一隅を照らす」という。 

伊與田覺氏は「一隅を照らす」について。

「古人曰く、径寸(けいすん)十枚、これ国宝に非ず。一隅を照らす、これ則(すなわ)ち国宝なり、と」
と、伝教大師(最澄)はおしゃっている。

直径一寸もあるような珠十枚が国宝なのではなく、世の一隅に光を与え照らすものが国宝である、と。

まわりの人に感謝をし、よき仲間に囲まれる「喜ばれる存在」になること。

「喜ばれる存在」とは、一隅を照らす人。

「一隅を照らすもので私はありたい
私の受け持つ一隅が
どんなに小さいみじめな
はかないものであっても
悪びれず
ひるまず
いつもほのかに
照らして行きたい」

住友電工中興の英主(えいしゅ)と称えられた田中良雄氏の言葉だ。 

「一年の計は元旦にあり」という。

今年こそ、「為(な)し合(あ)わせ」に徹し、「喜ばれる存在になること」を胸に刻み…

一隅を照らす人でありたい。


◇白光の誓い◇
 
自分を愛して、
他人を愛します。
やさしさと笑顔をたやさず。
人の悪口は決していいません。
長所を誉めるように努めます。
 
 
 【斎藤ひとりさん公式ブログ】
  https://ameblo.jp/saitou-hitori-official/entry-12718056275.html


     ◇淡島商店◇
 
https://w11vx.crayonsite.info
 
【無償☆遠隔】 
 
気力・体力・精神的に
落ちてしまっている
さらに
運氣をあげたい方
遠隔送らせていただきます。
遠慮なく連絡ください。 
 
新奥義
八大龍王、龍神水龍の形☆☆☆☆
 
こちらを
対面、または遠方の方に
パワーを送らさせていただきます!!(無料)