最近、「こうならなきゃ」とか「こういう風に考えなきゃ」と思うことが多い。ってのは、就活やら人間関係やらで、周りから言われた事に対して。言われる事はいい。新しい自分の可能性を信じてくれてるから、アドバイスはくれるんだろうし、期待をしてくれてるんだろうと、好意を感じる。しかし、私はこれまでの人生の中でそんなに自分の行動なり性格なり考えなりに気をつけて生きてきた事がない。だから、少し、周りのアドバイスの所為で身動きがとれなくなってる…?と、思った。このことが分かった(原因と今の状況が一致した)のは昨日だった。
私は周りに影響を受けやすい。なんでも鵜呑みにしてしまうところがある。しかしそれによって困った経験はそんなになかった。けど今は、友達などの考えを、すっと吸収してしまうため、自分で考えることのなさに辛さを覚えている。なんでも素直に受け入れることを良しとしてきた結果、相当ダメな思考、受け付けない考え方以外は、説得力が多少なりあると、それが正しいと思ってしまう。
以前、「君は人を“上”に見すぎちゃうからな」と言われた。尊敬することはいいこと、人のよいところを探すのはいいこと。しかし、それによって自分がどんどんダメな人間に思えてくる。誰でもすごい人と思ってしまう・・・自分以外。元々の才能からしてすごい人、努力の結果すごい人、努力していてすごい人・・・・「すごい」ってなんだろう?これも曖昧だ。「自分にない部分」をひとくくりにして「すごい」と言ってしまっているのだろうか?(私が「尊敬する人」として友人など身近な人間を出すのは、そこらへんが関係してるのかな?有名人では名指しで尊敬できる人っていないんよね)
結局、大学に入っていろいろな人に会って、話す場をたくさん設けたけど、そこで話を聞くことで満足して、自分で考えることがなかったんだと思った。独自の考え方を築き上げるのは得意ではない。だから人の言うことを鵜呑みにして、伝言ゲームのように、「こういうことを考えてる友達がいるんだよ」って、他の人に言う。それはそれで、聞いた人は面白かろう。けど、私はその「聞いたこと」を消化しきれず吐き出してるだけではないか、本来消化吸収を経て形を変え、血や肉となっているべきものが、胃まで到達せずまた口から出してしまっているだけ、まだ原型をとどめているよ、って感じなんだろうな、って思った。自分の消化器官に自信がないから、口移しで他の人にあげちゃったほうが、「話」の価値は減らない気がしてた。すると、折角世界が広がって、たくさんの人とたくさんの話をしたのに、消化器官を鍛えることを怠っていたということになる。ガムのように噛んで飲み込まなかったこともあったろう。これでは、いろんな人にいろんな「私のあるべき姿」を差し出されて、混乱するはずだ。取捨選択が出来ない。本来一つ一つ吟味すればいいものを、一気に口に詰め込んでも何も結果が出ないように。
私はやはり尊敬される人間でありたい。少なくとも今は、そんな風に思われている可能性はゼロに近いと思ってる。では、どうするべきか。私は最近まで(昨日、考えるまで)いろんなアドバイスをちゃんとこなしていけば「よい人間」、「好かれる人間」、「理想の人間」になれると思っていた。けど、どうなんだろう?…分からなくなってきた。



あぁ・・・なんかよく分からなくなってる(長いし)(^_^;)とりあえず今思ってることを書いておこう・・・(笑)これは誰にも話してないことだから。