現実に引き戻された洗礼
2025年桜が満開の日に、夫が天国へ旅立ちました年末年始の東京旅行から帰宅し、まず最初に目に飛び込んできたもの、それは夫に届いた年賀状でした。年賀状じまいをしていたので、届いたのは夫が交流を続けていた4通「〇〇(夫の名前)、元気にしてる?」「また会いたいね」などと書かれたメッセージを読んで込み上げてきました。全然元気じゃないし、もう二度と会えません…と心の中で悪態つきました。夫が生存中に終活をした中で、喪中はがきをどうするか、という話をしていました。夫からは、年賀状が届いたら、死亡通知を出してほしいと言われていました。今になって思うのは、こんな残酷な事、よく冷静に話してたなと思います。なので、喪中はがきは出さず、届いたものだけに返信することにしていました。夫が亡くなった事、私にとっては重くとても哀しい事を、ハガキで出すことに抵抗があって、封書で出すことにしました。まずそれにふさわしいレターセットが家にありません。お手紙なんて、当分書いてないので、レターセットを買うのも、いつぶりだろう?という感じです。ダイソーに行けば何かしらあるだろうと、行ってみましたが、しっくりくる物がありません。それでロフトに行ってみました。和紙でできた素敵な物がありましたが、便箋8枚と封筒4枚で1,300円くらいします。レターセットってそんなに高かったっけ?結局買わずに帰宅し、和紙でできた便箋と封筒をamazonで購入しました。封筒だけまだ届いていない(汗)ネットで文例を検索しながら、自分なりに考えていると感情がこみ上げてきて涙があふれてきました。なんでこんなに若くして、夫は逝ってしまったんだろう。この手紙を受け取った友人たちは皆同年代で、元気に過ごしているのに…これを読んで夫の事を想い出してくれるのだろうか。そんな事を思いながら文章を考えました。ブロ友さんも書かれていた「喪の仕事」私はこの先お寺を呼んでの法要をする予定はないので、きっとこの手紙を出すことが最後の喪の仕事になるのかな…なんて思っています