今は愛媛在住ですが、実家の菩提寺は浅草にあるので、毎年、老母と妹を連れて東京にお墓参りに行きます。私の勝手で、母を生まれ故郷「東京」から切り離してしまったので、年に一度、せめてもの親孝行のつもりです。子供たちが小さい頃は、頼りにしていた母ももう八十歳、だんだん、長距離を歩くのがむずかしくなってきました。タクシー活用、三歩歩いて、三分休む、ゆっくり旅です。
今回は、娘も加わりの四人旅です。羽田から浅草まで直行し、まずは一番の目的、お墓参りに。関東大震災で角が欠けたという実家の墓は、周りに比べてかなり古色蒼然として見えます。跡取りのいないお墓をどうするか、今はそんな問題も多いかと思いますが、胸の痛いことです。二人姉妹で、私は姓が変わっているし、妹は結婚していません。いっそ、愛媛に移して、私の子の代まではなんとかお守りをして、その後は、お寺さんにお願いする・・・などと考えてはいるのですが、母が「おじいさんは浅草が好きだった」などというのを聞くと、躊躇してしまいます。
お墓参りのあとは、浅草寺をお参りして、仲見世で人形焼や、舟和の葛餅を買い、大黒屋で天丼を食べるというのが、お決まりのコースです。祖母や父が生きていた頃も、こんな風にお墓参りをして来ました。たぶん、私の生まれる前も、母はこの道を歩いてきたのでしょう。街の様子は随分変わったのでしょうが、昔と変わらないものもたくさんあります。背中の丸くなった母の故郷に、今年も無事に来ることができて良かったと、ご先祖様に感謝です。
今回は、娘も加わりの四人旅です。羽田から浅草まで直行し、まずは一番の目的、お墓参りに。関東大震災で角が欠けたという実家の墓は、周りに比べてかなり古色蒼然として見えます。跡取りのいないお墓をどうするか、今はそんな問題も多いかと思いますが、胸の痛いことです。二人姉妹で、私は姓が変わっているし、妹は結婚していません。いっそ、愛媛に移して、私の子の代まではなんとかお守りをして、その後は、お寺さんにお願いする・・・などと考えてはいるのですが、母が「おじいさんは浅草が好きだった」などというのを聞くと、躊躇してしまいます。
お墓参りのあとは、浅草寺をお参りして、仲見世で人形焼や、舟和の葛餅を買い、大黒屋で天丼を食べるというのが、お決まりのコースです。祖母や父が生きていた頃も、こんな風にお墓参りをして来ました。たぶん、私の生まれる前も、母はこの道を歩いてきたのでしょう。街の様子は随分変わったのでしょうが、昔と変わらないものもたくさんあります。背中の丸くなった母の故郷に、今年も無事に来ることができて良かったと、ご先祖様に感謝です。