歩行瞑想をスタートするときの観察方法
歩行のはじめはまず心を足の動きに向けてください。足を前へ運ぶとき、「行きます、行きます」とか、「運びます、運びます」とか、気づいてください。あるいは、左足が動くとき「左」、右足が動くとき「右」と心の中で気づいてください。
心の中で唱えるのは、修行のはじめですから、言葉で動きの観察を助けています。歩いているうちに、心がほかへ飛んだとき、飛んでいる心を観察してから、足の動きに戻って観察してください。考えている時間が長くなったときは、立ち止まって、心を観察してください。「考えている、考えている」と観察してください。考えや妄想が無くなってから、また歩きはじめて、歩行を観察してください。飛んでいる心を観察するのは、その心を無くすために観察することではありません。飛んでいる心の現象を知るために観察しています。
ゆっくりと歩幅を短くして歩くこと
歩行瞑想を実践するとき、ゆっくりと歩いてください。速くならないように、歩幅を短く歩いてください。歩くとき、左右の歩幅は、足の長さ(つま先から踵まで)あるいはそれよりも少し長い歩幅で歩いてください。足の長さ以下の短い歩幅では歩かないでください。あまり短い歩幅で歩くと、身体が傾くことがあります。
観察する対象を増やす
歩行瞑想を説明したとおりに「行きます、行きます」や「運びます、運びます」やそれとも「左、右」と2日間観察してください。そうしたら、観察する心と観察される対象が合ってきます。それで観察が良くできるようになります。そのとき、歩きを、「上げる」、「下ろす」と2つに分けて知りながら観察してください。それが良くできたら、1つの歩きを、「上げる」、「運ぶ」、「下ろす」と3つに分けて知りながら観察してください。もっと観察できるときは、上げたい心を入れて、「上げたい」、「上げる」、「運ぶ」、「下ろす」と観察してください。そのように観察する対象を増やしながら歩行瞑想をする間に、ヴィパッサナーサティ-、サマーディー、智慧などが強くなってくると、もっともっと足の動きや身体や心のことが明確にわかるようになってきます。
歩行の終点
歩行瞑想するとき、あちらこちらと自由に方向を変えないで歩いてください。そのように歩くと、強いサマーディー(集中力)を得られません。1つのラインの上で繰り返し歩いてください。
歩行の終点に着いたら、すぐに曲がらないで、一旦立ち止まってください。そしてまっすぐ立っている身体を「立っている、立っている」と1分間くらい観察してください。そのあとで、曲がりたい心をはっきりと知るように観察してください。そして、ゆっくりと曲がって観察してください。反対側(歩いてきた方向)に顔が向いたら、立ち止まって、立っていることを観察してください。それから、「上げる」、「運ぶ」、「下ろす」などを続けて観察してください。
歩行瞑想を大切に
瞑想が上達していないとき、歩行瞑想は少なくとも1時間は歩いてください。時間を減らさないでください。できれば増やすことがよいのです。歩行瞑想は対象がはっきりしているので、サマーディーを得るのはもっと簡単です。さらに智慧を生じさせることができます。足の上がって動いた現象、運んで動いた現象、下ろして動いた現象は、とてもはっきりしています。ですから、観察することは簡単で、サマーディーを得るのも簡単です。お釈迦様が歩行瞑想の5つの利益をおっしゃったとき、歩行瞑想から得るサマーディーは長く続く利益があるとおっしゃいました。
歩行瞑想の5つの利益
歩行瞑想から得られる5つの利益の1つ目は、長い旅ができるということです。2つ目は、精進(努力)ができるようになることです。3つ目は、病気をせずに健康になるということです。4つ目は、食べ物を良く消化できるようになることです。5つ目は、歩行瞑想から得るサマーディーは長く続くということです。 お釈迦様がおっしゃいましたその5つの利益は、インゴゥッタラニッケの中のシンカッマ経典に書かれています。
歩行瞑想で智慧を得る人(阿羅漢になる人)
お釈迦様が亡くなる数時間前、トゥバッダというお釈迦様の教えと違う方法を実践している人(パラバイ)が、お釈迦様の教えについて質問しました。お釈迦様が答えて、八正道を実践したら煩悩が消えて苦しみが消えるとおっしゃいました。
トゥバッダは、お釈迦様の教えを気に入って、出家の許可をお釈迦様にお願いしました。そして出家して、公園の静かな場所で、歩行瞑想で観察しました。
歩行瞑想で観察というのは、「行きます(右、左)」、「運びます」、「上げる、運ぶ、下ろす」など足の動き=ワーヨー(風)を観察することです。そのように観察しながら、徐々にサマーディーは強くなってきて、観察された身体や心、そして観察する心とが無常であること、苦しみで無我であることを知りました。そして、智慧が次々に深くなってきて道智、果智を得て阿羅漢になりました、ということがディーガーニッケという注釈書に書かれています。
歩行瞑想の目的
今までの話を理解すると、歩行瞑想で観察することの目的がわかるようになります。歩行瞑想で観察するのは、身体のリフレッシュのためではありません。散歩することでもありません。サマーディーを強くするためでもありません。
本当の目的は、歩行瞑想の間生じている身体と心の無常、苦、無我の3つの現象を明確に知るために観察することです。そして、歩行瞑想の間に得たヴィパッサナーサティ、サマーディー、智慧を座禅瞑想するまで継続できれば、座禅瞑想の支えになります。
ですから、歩行瞑想と座禅瞑想を交互に行ってください。しかし、歩行瞑想と座禅瞑想の時間が同じになるようにする必要はありません。修行状態に従って時間を増やしたり減らしたりしてください。だいだいはじめは歩行瞑想の時間を増やして、修行が進んできたら座禅瞑想の時間を増やさなければなりません。
ヴィパッサナーとは知ること
歩行瞑想の目的は知ることです。同じようにほかの身体と心を観察するのも知る目的です。観察された身体や観察された心の個々の特徴や、さらに仏教の真理である無常、苦、無我を明確に知るために観察します。知るために観察することですから、ある程度心が落ち着いて幸せになっただけでは、ヴィパッサナーは終わったことにはならないということを知っておかなければなりません。それを理解しておかないと、だいぶ落ち着いて少し幸せを得たら、これで終わりだと思って、目的まで修行せずにこれで十分だと思ってしまいます。
日常生活について注意すること
タンパズィンニャ(智慧で観察すること)
サティパッターナヴィパッサナーの基本の意味は、身体と心に連続して生滅している現象を、1分1秒でも途切れずに観察するということです。1分1秒でも観察が途切れたら、身体と心について、煩悩が入ります。ですから、歩行瞑想や座禅瞑想のときだけ観察するのでは十分ではありません。目覚めている限り、身体のすべての動き、思考、欲求、失望、怒りなど、心のすべての現象が生じるたびに、続けて観察し、知ることです。
日常生活の観察方法
大念処経のタンパズィンニャの部分で、日常生活のすべての動きを観察する方法をお釈迦様が指導しました。前へ進むこと、後ろへ下がること、曲がること、伸ばすこと、座ること、立つこと、服を着ること、何かを持つこと、食べること、シャワーを浴びること、トイレへ行くことなどすべての動きをする場合、「曲がります」、「伸ばします」、「座ります」、「立ちます」など、生じることをありのままに気づきで続けて観察し、知ることです。
すべてを観察すること
タンパズィンニャの部分でお釈迦様が、日常生活を詳しく観察することはとても大切ですと指導しました。日常生活の行動を観察することが大切なことは、歩行瞑想から座禅瞑想に切り替えるときやその逆のときなどでも明らかです。歩行瞑想や座禅瞑想以外のほかの時間にすべての行動を観察するのは、次から次と終わりがなくたくさんあります。
観察が多くできると煩悩が入らなくなります。そしてサマーディーが強くなって、行動している間に、生じて滅する身体や心の現象を知ってきます。ですから、座るときや立つとき、曲がるときや伸ばすとき、上げるときや下ろすとき、食べるとき、顔を洗うとき、シャワーを浴びるとき、洗濯するとき、トイレへ行くときなどの動きをする間に、ひとつひとつ抜けることなく明確に観察することが必要です。観察することは難しくありません。行動しているとおりに、生じているとおりに観察することです。座る、立つ、曲がる、伸ばすなどを観察することです。
観察に慣れてくると観察が抜けなくなります
はじめは、日常生活の瞑想は、観察したことは少なくて、観察せずに忘れることが多いものです。しかし、その行動は、ひとつも残らずに観察しなければなりません。身体のワーヨー(風=うごき)と心にいつも気をつけてがんばって観察してください。徐々に観察できることが多くなって、観察が抜けることなく、最後にはひとつも残らず観察できるようになります。練習を重ねると、少し動くだけで心が自動で観察してしまうようになります。
しかし、ひとつ気をつけることは、日常生活のことを、日頃やっているように動きを速くしてしまうと、観察することは難しくなります。ですから、なるべくゆっくり動いてください。そうしたら観察することができます。
1つの曲げるも1つの伸ばすも観察が抜けない人に
日常生活を観察できるように、なるべくゆっくり行動することが必要です。大念処経から例を述べます。
昔、スリランカで、あるお坊様が生徒たちと話していながら、手を速く曲げました。そしてすぐに手を元に戻してから、またゆっくりと曲げました。生徒たちは先生のお坊さんの行動がわからなかったので、「先生はなぜ手を速く曲げてから、元に戻して、またゆっくりと手を曲げたのですか?」と聞きました。そのとき先生は、「私は、瞑想実践では観察せずに手を曲げたりしません。今、あなたたちと話していたので、観察が抜けてしまい、手を速く曲げてしまいました。あとで気がついて、手を元の場所へ戻して、観察しながらまた手を曲げました。」と答えました。そのお坊様の行動を見ると、すべての動きをゆっくりとして気づきが抜けないように観察することが必要であることがわかります。
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ヴィパッサナー観察方法
これまでにお話した部分で、実践するときに気をつけることを説明しました。ここからは、実践する方法について、マハーサティパッターナ(大念処経)に書かれたことに沿ってあらためてわかりやすい言葉で説明します。
サティパッターナヴィパッサナーを修行する人は、歩行瞑想、座禅瞑想、日常生活の瞑想と3つに分けて修行します。その3つの中で、歩行瞑想は観察される対象はとてもはっきりしているので、初心者にためにとても適しています。ですから、歩行瞑想をしてから、座禅瞑想をするのがよいのです。
歩行瞑想を最初に
歩行瞑想で気をつけることは、前のページで話しました。そのとおりに足の動きに気をつけて、途切れずに観察してください。左、右、上げる、運ぶ、下ろすなどと観察してください。観察する途中で、心が飛んだらその心を観察してください。そのあとでまた歩きを観察してください。飛ぶ心や考えが長いときは、歩きを止めてから心を明確に観察してください。考えや妄想が無くなってから、また歩行瞑想をおこなってください。
歩行瞑想をするとき、遠いところや周囲を見ないでください。見たい心が現われたら、見たい心を無くなるまで観察してください。見たい心が無くなると、見たくなくなります。
それから、目を閉じて歩かないでください。目を開けて、視線を足の前から約1.2m先に落としてください。心は対象である足の動きに置いてください。上げる足、運ぶ足、下ろす足などを別々に分けて知るように観察してください。下ろすことと触れることを分けてわかることが必要です。わからないと、触れることを下ろすと観察してしまいます。下ろすというのは、下の床か土に触れる前の少しの間のことをいいます。下に触れたら「触れる」と観察してください。
すぐに方向転換しないでください
説明したとおりに、上げる、運ぶ、下ろすという足の動きと、観察する心が合うようにゆっくりと歩いて明確に観察してください。考えや妄想が入ったら、その心を観察してください。考える心が無くなってから、歩行瞑想を続けてください。
歩行瞑想の終点に着いてもすぐに身体を方向転換しないでください。最初に立っていることを「立ちます、立ちます」と観察してください。身体がまっすぐ立っていることを感じて10回くらい観察してください。そして、曲がりたい心を「曲がりたい、曲がりたい」とはっきりと観察してください。そして、身体をゆっくりと方向転換してください。少しずつ回っている身体の行動を知るため、「曲がる、曲がる」と何回も観察してください。歩いてきた方向に顔が向くまで観察してください。曲がり終わってもすぐに歩きはじめないでください。立っていることを10回くらい観察してください。それから、「上げる」、「運ぶ」と観察して歩き始めてください。そのように端から端まで繰り返して観察してください。
上げる、運ぶ、下ろすと分けて観察している間、足の動きと観察する心が合うように上手に観察できるとき、上げる、(持ち上げる)*2、運ぶ、下ろすと4つに分けて観察してください。踵を上げると「上げる」、(つま先を離して持ち上げると「持ち上げる」)と観察してください。そして、上げる前に上げたい心が生じるとき、その心をわかるように「上げたい」と念じてください。そうして「上げたい」、「上げる」、(「持ち上げる」)、「運ぶ」、「下ろす」と順番ではっきりと観察できるようにゆっくりと歩いてください。心の中で違う言葉で唱えても観察することは同じです。実際に歩いている間に生じているワーヨー(風)の身体を観察し知ることが目的です。
サマーディーが強くてもっと観察できれば、「上げたい」、「上げる」、(「持ち上げる」)、「運びたい」、「運ぶ」、「下ろしたい」、「下ろす」、「触れる」、「押したい」、「押す」など、自分ができることはなるべく観察してください。
自分のサマーディー状態では3つに分けてしか観察できないとき、無理に5つに分けて観察しないでください。そのようにしたら、そのうちめまいがしたり、首と背中が凝ってきます。ですから、足の動きを分けるのは自分ができるところまでとして、疲れないように明確に観察してください。
*2:現在、外国人に対して「持ち上げる」を観察することは指導していないので、「持ち上げる」の部分は括弧書きとしました。
ゆっくりと歩いて歩幅を短く
歩行瞑想は1時間歩いてください。もっと歩けたら1時間半、サマーディーが強いときは2時間歩いてもよいのです。しかし、足の行動と観察する心が合っていることが必要です。つまり、現在のこと、ありのままを観察することがとても大切です。
観察する心と観察された対象が合うためには、ゆっくり歩くことです。速く歩くと観察できません。歩く時、歩幅は足の長さ、あるいはそれよりも少し長い歩幅で歩いてください。速く歩くと、前の足を下ろしてから後ろの足を上げることを観察するとき、後ろ足の踵を上げることを観察できません。なぜなら、上げると観察するとき、足の裏はすでに半分くらい上げてしまっています。そして、つま先を持ち上げることだけを「上げる」と観察することになります。ですから、踵から上げることを観察できるように歩きをゆっくりと歩幅を短くしてください。そして、足を下ろすとき、踵から下ろして次に足裏やつま先を下ろすよりも、足裏全体を同時に下ろした方がよく観察できます。そのように足裏を同時に下ろすためには、歩幅を短くすることです。
座禅瞑想の観察方法
歩行瞑想を1時間おこなってから、座禅瞑想をしてください。しかし、座る場所へ行くときにも観察しながら移動してください。「上げる」、「運ぶ」、「下ろす」と観察していってください。歩行瞑想で最後に観察した動きから、引き続き観察して移動してください。歩行瞑想と座禅瞑想の間に観察することが抜けないように、歩行瞑想と座禅瞑想が連続でできることが大切です。ですから、歩行瞑想から座る場所へ行くとき、観察しながら行くことが大事です。
座る場所へ着いたら、すぐ座らないでください。最初、立っていることを観察してください。「立っている、立っている」と10回くらい観察してください。そして、座りたい心を「座りたい、座りたい」と観察してから、ゆっくりと座ってください。立っている状態から座るまでの行動を「座る、座る」と観察してください。床の敷物に触れたら、「触れる、触れる」と観察してください。手で床を支えたいときは、「支えたい、支えたい」と観察してください。足を組むために足を曲げるときは、「曲げる、曲げる」と観察してください。手を上げるときは、「上げる、上げる」と観察してください。手を曲げるときは、「曲げる、曲げる」と観察してください。両手を重ねるときは、「重ねる、重ねる」と観察してください。座るために準備するすべての行動をゆっくりと動きながら明確に観察してください。
身体をまっすぐにして座ってください
座るとき、身体をまっすぐにして座ってください。頭もまっすぐにしてください。目を閉じて心をお腹の臍の周りに置いてください。お腹が膨らんだら、「膨らみ、膨らみ」と観察して、縮んだら、「縮み、縮み」と観察してください。呼吸を直したり、強くしたり、速くしたりしないでください。呼吸を普通に正しく行ってください。
はじめは膨らみ、縮みはあまり目立たないかもしれません。膨らみ、縮みが少しだけしかわからないかもしれません。膨らみ、縮みがわかっただけ、膨らみ、縮みを観察してください。たくさん観察を続けると、だんだんと膨らみ、縮みがはっきりしてきます。膨らみ、縮みが観察できない場合、お腹の上に両手を置いて、手の動きを見て観察してください。慣れてきたら、手を置かなくても観察できるようになります。
膨らみ、縮みが観察できない場合
膨らみ、縮みを観察できない人もいます。そのときはお腹を観察する必要はありません。まっすぐに座っている様子と触れる現象を観察してください。触れるのは1つの場所だけではありません。2カ所くらい観察してください。座っているとき、触れているところがたくさんありますので、観察する場所もたくさんあります。両方の足は触れている、両膝が触れる、くるぶし2つが触れる、つま先が触れる、手と腿が触れる、服と皮膚が触れるなど観察する場所はたくさんあります。その中で、はっきりしている場所2つを観察してください。
座っていることを先に観察してください。後で触れることを観察してください。ですから、「座る、触れる、触れる」「座る、触れる、触れる」と観察してください。そして、落ち着いてサマーディーがある程度できてきたら、触れる場所を変えて観察してください。はっきりと触れる場所を観察してください。1つの場所だけを選んで観察すると、観察が簡単になって努力も弱くなって心が様々に飛んでしまいます。眠くなってくるときもあります。ですから、気をつけて明確に観察することです。