昨年12月24日午後から本年1月3日午後1時まで、10泊11日間、チャンミー瞑想センターで瞑想しておりました。
これで、チャンミー瞑想センターでの短期リトリートは3回目となります。
毎回、妄想だらけの瞑想なのですが、今回はそれでも最も瞑想できたリトリートでした。
3回目なので、もうあまり書き記すことも無いのですが、
センターの様子や私の瞑想などについて、思いつくままにご紹介してみようと思います。
チャンミー瞑想センターの変化
変化その1 外国人棟横にあった炊事場やボランティアの方々の宿泊棟がすべて撤去されていました。
老朽化したため、アメリカからのお布施によって新たに同機能の建物を建設するそうです。
ちょうど、起工測量、丁張りなどを行っていました。
私が気がついた物理的な変化としては以上の一点でした。
外国人棟や食堂などには大きな変化はありませんでした。
変化その2 外国人棟の管理、生活指導は、今まではミャンマー僧が行っていましたが、今回はイギリス人僧
が外国人棟4階の部屋に住み込んでいて、その彼が取り仕切るようになっていました。チャンミー
セヤドーが、これから外国人の生活指導はあなたがやりなさいと指示したとのことです。
名前は、ダンマサーラさん。今から35年前、まだ大学を卒業してしばらくの若い時からミャンマー
に通い、瞑想していたという。生前のマハーシ長老とも修行し、私にとってマハーシセヤドーは、
Grandfather、チャンミーセヤドーはFather、ウパンディタセヤドーはUncleと言っていました。
昨年と比較して目に見えて変化したのは、以上でしょうか。
あと、
昨年までは、欧米人ヨギや、台湾、韓国、タイなどアジア各国からの修行者が滞在して修行していましたが、今回は、男性では在家修行者は私1人、出家僧は、台湾のテーラワーダ僧1名、同じく台湾の大乗仏教僧1名、あと病気療養中の国籍不明の比丘1名の4名のみでした。それに指導僧のダンマサーラ師の計5名で生活してました。
女性修行者の内訳は不明ですが、欧米人は皆無で、どうも台湾人大乗尼僧が数名だったと思います。たぶん、女性在家ヨギは皆無だったと思います。
ということで、今年は修行者数がだいぶ減ってしまっていました。
どうも、以前は観光ビザで入国してそのまま修行したり、途中で瞑想ビザに切り替えることができたのですが、昨年から、観光ビザから瞑想ビザへの切り替えが困難になったことが大きいようです。
それに8月からのデモ騒動の影響が重なって、修行者数が減少した模様です。
結局、私が滞在していた間、一日中瞑想ホールで瞑想していたのは、私1人だけという状態が多かったです。
あの広い瞑想ホールを1人で自由に使えて、結構贅沢な環境での瞑想修行となりました。
起床や食事などのタイムスケジュールは、変更ありませんでした。
修行期間中の出来事
今回は特記することもないのですが、日本から頼まれてきたものを、瞑想センターを訪れた現地のミャンマー人に渡したことくらいです。
それと、前回に引き続き、昼食のお布施を行いました。
お布施は1月1日に行いました。食事のお布施で行うことは昨年のチャンミー瞑想センターブログに書いてありますので、参照してください。
ただ、今回は瞑想に専念するため、仏壇への食事お供えなど、一部行事はミャンマー人知人に代行してもらいました。
それと余談ですが、
ヤンゴンの水道水は以前にくらべたいぶきれいになってきていました。
昔は、蛇口の水を見るだけで、濁っていることが一目瞭然だったのですが、今では一見、、水はきれいに見えるほどになっています。
以上、
チャンミー瞑想センターの様子で気づいたことでした。
その2では、イギリス人僧からの指導や瞑想をどう行っていたかなど、私の瞑想ライフを概観してみます。
今回のミャンマー旅行の様子を写真で、下記ホームぺージにて紹介しています。
ただ、ほとんどが料理写真で、瞑想センターの写真はほとんどありません。
下記HPのミャンマー8-1~8-3が今回の旅行写真です。