伊藤銀次のライブを、また見る | 人生をアートで埋める

伊藤銀次のライブを、また見る

7月17日、名古屋の今池にあるライブハウス「TOKUZO」で、伊藤銀次のライブを見た。
「I STAND ALONE」と題されたツアーで、タイトル通り、伊藤銀次一人による弾き語りツアーの名古屋公演だ。
アルバムの発表は長年滞っているが、近年では精力的にライブを行っている伊藤銀次。2年前にバンド編成によるライブを見て以来だ。
伊藤銀次に関してはそれほど熱心なファンというわけではない。だが、大瀧詠一や杉真理、あるいは佐野元春といったぼくの大好きなソングライターと密接なつながりがあるだけに、ぼくにとっても重要な存在である。アルバムも全部持っているし、大好きな曲もたくさんある。
今年になって、忌野清志郎やマイケル・ジャクソンが亡くなった。吉田拓郎も体調を崩しているという。不謹慎な言い方だが、いつまでも好きなミュージシャンが生きてパフォーマンスしてくれる、というわけではない。せっかく近くに来ているのだから、見れるうちに見ておこう、という気持ちがぼくの中に芽生えている。
ライブ会場には前回もそうだったが、意外なほどに客がいない。伊藤銀次といえば、日本のポップス史において山下達郎や佐野元春といったビッグネームと肩を並べるほどの存在のはずなのに。90年代中盤以降、プロデュース業に専念し、表舞台から遠ざかっていたことが原因だろうか。いや、それにしてもその注目度の低さに唖然としてしまった。これは名古屋だけのことなのだろうか。
ライブは淡々と始まった。アコースティックギター1本による弾き語り。80年代の楽曲を立て続けに演奏する。サウンドプロダクションに特にこだわってきた楽曲ばかりだから、ギター1本でそれを表現するにはそれ相応の技術が必要だろう。ギター演奏に少々難はあるものの、まずまずのライブだったと思う。歌自体はとてもよく、歌唱力は衰えていないばかりか、以前よりもずっと表現力を増していると思う。
途中、ゲストに、佐野元春の以前のバックバンド、ザ・ハートランドのキーボーディストだった阿部吉剛が参加。初期のハートランドのギタリストでもあった伊藤銀次との久々の共演となり、「ぼく、この曲大好きなんです」というMCとともに佐野元春の「マンハッタンブリッジにたたずんで」をカバーしていた。
ぼくの大好きなアルバム『LOVE PARADE』から3曲演奏され、とてもうれしかった。うれしかったが、しかし、大きな違和感も感じるライブだった。まず、期待していた新曲などの発表はまったくなく、既発曲だけの懐古的な内容に終始していたこと。そして、一部の曲で会場のオーディエンスに一緒に歌わせるようなパフォーマンスがあったことだ。伊藤銀次のファンは、恐らくマニアックな音楽ファンが多いであろう。そういう人たちにとってライブはそこで奏でられる音楽を聴きに行くものだ。会場でみんなと盛り上がりたいという意識は希薄ではないか。少なくともぼくはそうで、無理やりに一体感を煽ろうとするような姿勢にかなり居心地の悪さを感じた。彼の代表曲「Baby Blue」はいい曲だ。ぼくは今の伊藤銀次がその曲をプレイするのを聴きたいのであって、決してみんなで合唱したいわけではない。
ライブ終演後、サイン会があった。ライブ会場だけで限定発売されている、今回の弾き語りツアーをそのままパッケージしたようなセルフカバーによるミニアルバム『I STAND ALONE VOL.1』を購入したぼくはそのブックレットにサインをしてもらい、握手をしてもらった。わずかたが言葉も交わすことができた。伊藤銀次は、誤解を恐れずにいえば、普通のいいおじさん、という感じだった。
帰宅後、そのCDを聴いた。ギターと歌を同時に録ったという話をライブでもしていたが、さすがにそれはまずかったのではないか。プレイとしての出来はあまりよくない。デモテープというか、リハーサルテープのようなものだ。正直言って、プロのミュージシャンとしてお金をとれるような作品であるとは言い難い。
長年彼の音楽に親しんできたものとしては、彼の最近の意欲的な活動はうれしい。しかし、ぼくとしては過去を安易に振り返るのではなく、新しい、今の伊藤銀次の音楽を早く聴かせてほしいと願わずにはいられない。