とりあえずブログを書く
ものすごい勢いで毎日が過ぎていく。一日一日を乗りこえるのに必死だが、過ぎてみればアッという間である。毎日毎日、いろいろなことがある。そして、何もない。平凡な毎日だが、実はどこにも存在しない、自分だけの毎日。悩んだり落ち込んだり、喜んだり幸せを感じたりしながら、日々は過ぎていく。人生を大きく揺さぶるような大きな決意も、明日になれば虚しくて消えてしまう。そんなことの繰り返しだ。
とりあえず、今日という日。
日曜日、朝起きて一人で新聞を読み、またベッドに戻り寝る。昼前に起床。妻が朝食を作ってくれて食べる。2時に会社に出て、車に乗ってとあるデパートまで仕事で出向く。車中、去年の3月にNHK-FMで放送された杉真理の特番をカセットに録音したのだが、それを久しぶりに聴いていた。ゲストの竹内まりやとのトークは何度聴いても素晴らしい。7時頃に会社に戻り、家に帰る。夕食は焼き肉。韓国風だ。おいしかった。
急に聴きたくなって、久しぶりにセルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンのアルバムを聴く。素晴らしい。YouTubeで彼らの映像を見ていたら、横から妻が「いいねえ、私たちもこういう風に生きよう」と言った。こういう風に「自由に」生きようという意味だろう。まったくだな、と思う。
先日インターネットを通じて、古本を購入した。ヘンリー・ミラーの『わが生涯の日々』という本だ。講談社から出ている。訳者は河野一郎。A4サイズよりひと回り大きいサイズの立派な本だ。パラパラとめくりながら少しずつ読んでいる。ヘンリー・ミラーの本を読むといつもクラクラする。たとえばこんな文章に出会うと。
「わたしは他の作家のようには考えない。たしかにわたしの書き方は、映画作家が脚本を書くのとはまるで違っている。映画作家は、作品を的確に仕上げるためには、実に多くのことを考慮に入れねばならない。だがわたしは、的をはずそうとどうしようと気にしない。書いているーそれが大事なことだ。何を書いたかではなく、書くこと自体が大事なのだ。なぜなら、書くことはわたしの人生だからだ。書くという純粋な行為そのものが、もっとも大事なのだ。わたしが何を言うかは、さして重要ではない。書いたものはしばしば馬鹿げており、無意味で矛盾に満ちている。ーしかしそんなことは少しも気にならない。楽しかったか?自分の中にあるものを表現したか?それが大事なのだ。」
これを読んで急にブログでも書こうと思った。相変わらず単純な性格だ。

とりあえず、今日という日。
日曜日、朝起きて一人で新聞を読み、またベッドに戻り寝る。昼前に起床。妻が朝食を作ってくれて食べる。2時に会社に出て、車に乗ってとあるデパートまで仕事で出向く。車中、去年の3月にNHK-FMで放送された杉真理の特番をカセットに録音したのだが、それを久しぶりに聴いていた。ゲストの竹内まりやとのトークは何度聴いても素晴らしい。7時頃に会社に戻り、家に帰る。夕食は焼き肉。韓国風だ。おいしかった。
急に聴きたくなって、久しぶりにセルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンのアルバムを聴く。素晴らしい。YouTubeで彼らの映像を見ていたら、横から妻が「いいねえ、私たちもこういう風に生きよう」と言った。こういう風に「自由に」生きようという意味だろう。まったくだな、と思う。
先日インターネットを通じて、古本を購入した。ヘンリー・ミラーの『わが生涯の日々』という本だ。講談社から出ている。訳者は河野一郎。A4サイズよりひと回り大きいサイズの立派な本だ。パラパラとめくりながら少しずつ読んでいる。ヘンリー・ミラーの本を読むといつもクラクラする。たとえばこんな文章に出会うと。
「わたしは他の作家のようには考えない。たしかにわたしの書き方は、映画作家が脚本を書くのとはまるで違っている。映画作家は、作品を的確に仕上げるためには、実に多くのことを考慮に入れねばならない。だがわたしは、的をはずそうとどうしようと気にしない。書いているーそれが大事なことだ。何を書いたかではなく、書くこと自体が大事なのだ。なぜなら、書くことはわたしの人生だからだ。書くという純粋な行為そのものが、もっとも大事なのだ。わたしが何を言うかは、さして重要ではない。書いたものはしばしば馬鹿げており、無意味で矛盾に満ちている。ーしかしそんなことは少しも気にならない。楽しかったか?自分の中にあるものを表現したか?それが大事なのだ。」
これを読んで急にブログでも書こうと思った。相変わらず単純な性格だ。
