韓国のアートフェア「SIPA 2008」に参加する(1)
10月16日から25日まで韓国に行っていた。ソウルの江南区、ソチョドンにある「芸術の殿堂」というイベントホールで開催されたアートフェア、SIPA (SEOUL INTERNATIONAL PRINT,PHOTO ART FAIR)に、ぼくが勤務するギャラリーが参加したためだ。通訳として妻も同行した。
版画や写真専門のアートフェアであるこのSIPAには、毎年約70のギャラリーが参加している。韓国のギャラリーが大半だが、日本やヨーロッパから参加しているギャラリーも多く、国際色はそれなりに豊かだ。ぼくの働くギャラリーの参加も三度目。過去二回もぼくと妻が担当し(当時は結婚前で、妻は韓国に住んでいた)、特に昨年は大きな売り上げを作った。当時韓国はアートバブルと呼ばれるほど美術業界に活気があったためだが、今年は世界的な金融危機の状況下で、株価暴落はもちろん、韓国のウォンも急落、経済的にはかなり悪いタイミングでの開催となって、あまり期待できそうにない。不安を伴っての韓国入りとなった。
10月16日(木)
昼間は会社で忙しく仕事。SIPAに向けての資料作りなど。15時頃妻と会社を出て、中部国際空港に向かう。空港では韓国に住む妻の家族へのお土産などを買う。19時発の飛行機、21時にインチョン空港に着いた。すぐにバスに乗り、一時間以上かけてSIPA会場近くのホテル・セントロへ。周辺には何故かラブホテルが林立しているのだが、お店も多くにぎやかだ。このホテルに滞在するのも三回目だ。荷物を置いてとりあえず近くのフライドチキンの店に行き遅い食事。生ビールも飲む。
10月17日(金)
妻は昼に韓国に到着する予定の社長を迎えに空港に行く。午後から社長と二人で、韓国での取引先のギャラリーに挨拶回りに出るためだ。ぼくは一人会場に出向き、ブースで作品の展示作業を行う。会場は1階から3階まで三つのフロアに分かれ、ぼくのギャラリーのブースは2階にあった。黙々と作品を展示していく。真向かいのブースに位置する韓国のUM GALLERYのアーティストの方や、大阪のギャラリー、EDELのH社長と挨拶する。15時頃、妻の妹で、大学生のジウォンちゃんが手伝いに現れる。作業はほとんど終わったので、二人で近くのカフェでサンドイッチを食べながら話す。映画監督になるのが夢だという彼女と、英語と日本語、韓国語を織り交ぜながら映画について高度な会話をするのはなかなか大変だったが、楽しかった。17時よりプレス関係者やVIP向けにオープニングプレビューが始まり、お客さんたちが会場に入ってきた。妻と社長も会場に到着し、いよいよアートフェアの開幕だ。取引先のギャラリー、INTER ALIAのK女史も現れ、20時の閉場後に、ジウォンちゃんも含めてみんなでタクシーで移動。アックチョンドンという町にある社長のお気に入りの焼き肉屋で食事。ワインを飲んだりする。

10月18日(土)
今日から正式にSIPAがスタート。22日の水曜日まで五日間のイベントである。昼に夫婦のお客さんが現れ、版画作品1点が早々と売約。とりあえずホッとする。しかし、来場数はかなり少なく会場は静かだ。取引先のGALLERY NOONのスタッフの女性二人が訪れ、閉場後、社長と妻と五人でノリャンジン水産市場という所に行く。GALLERY NOONの女社長と、その婚約者も合流し、市場で魚や蟹、アワビなどを購入し、近くの店でそれらをさばいてもらい、みんなで食べる。おいしい。社長が必死にジョークを交えながら場を盛り上げ、妻は必死にそれを通訳していた。ぼくは誰も酒を飲まないという状況下で、ひたすらビールを飲んでいた。
10月19日(日)
SIPA二日目。社長は韓国人のコレクター的なお客さんと食事に出かけ、そのまま夕方日本に戻る。妻と二人、ぼくが独立した際に作るギャラリー名を相談する。「LEDELLA GALLERY」(レデラ・ギャラリー)という名前に決定した。アンディ・ウォーホルはかつて「ドレラ」という愛称で呼ばれていたという。ドラキュラとシンデレラを合体させた名前だそうだ。ぼくの大好きなルー・リードは、ウォーホルの死後、彼に捧げた「SONGS FOR DRELLA」というアルバムを発表している。一方、ぼくの妻は自らのネット上の名前をレデラと名乗っていた。妻の姓は「シン」であり、シンデレラが好きだということもあって、「デレラ」にしようとしたところ、間違えて「レデラ」と書いて登録してしまったという。ウォーホルとぼくの妻、まったく無関係だが、この二つのエピソードがぼくはとても好きなのだ。ギャラリー名というとオーナーの個人名を冠する場合も多いが、ぼくはそれが何故かいやだった。妻は「LEDELLA ART FACTORY」という名前を主張したが、なんだか照れくさくてシンプルに「レデラギャラリー」にしようと落ちついた。会場にお客さんが少なく、とてもヒマだったので、早くもギャラリーのロゴマークなどを妻と相談する。シンデレラといえばガラスの靴だろう、ということで靴をモチーフにしたい。ウォーホルにもハイヒールをモチーフにした作品があるし、ぼくの好きな池田満寿夫の版画にもハイヒールを描いたものがあった。こういうのは子供が自分のサインを練習するようなもので、なかなか楽しい。結局今日は何事もなく閉場。妻とホテルの近くの焼き肉屋で食事。この店の焼き肉が気に入って去年も二回行った。明日がぼくの誕生日なのでその前夜祭ということで盛り上がった。お腹が爆発するのではないかと思うほど肉を食べ、ビールと焼酎を飲んだ。最後にチャーハンを食べたのだがこれがまた絶品だった。酔っぱらって気分が良くなり続けてカラオケに行く。思いのほか日本の曲が多かった。普段では絶対に歌わない曲を歌う。最後はビートルズの歌などを。ちなみに33歳最後に歌った歌は「TWIST&SHOUT」、34歳最初に歌った歌は「HELLO GOODBYE」だった。

(つづく)
版画や写真専門のアートフェアであるこのSIPAには、毎年約70のギャラリーが参加している。韓国のギャラリーが大半だが、日本やヨーロッパから参加しているギャラリーも多く、国際色はそれなりに豊かだ。ぼくの働くギャラリーの参加も三度目。過去二回もぼくと妻が担当し(当時は結婚前で、妻は韓国に住んでいた)、特に昨年は大きな売り上げを作った。当時韓国はアートバブルと呼ばれるほど美術業界に活気があったためだが、今年は世界的な金融危機の状況下で、株価暴落はもちろん、韓国のウォンも急落、経済的にはかなり悪いタイミングでの開催となって、あまり期待できそうにない。不安を伴っての韓国入りとなった。
10月16日(木)
昼間は会社で忙しく仕事。SIPAに向けての資料作りなど。15時頃妻と会社を出て、中部国際空港に向かう。空港では韓国に住む妻の家族へのお土産などを買う。19時発の飛行機、21時にインチョン空港に着いた。すぐにバスに乗り、一時間以上かけてSIPA会場近くのホテル・セントロへ。周辺には何故かラブホテルが林立しているのだが、お店も多くにぎやかだ。このホテルに滞在するのも三回目だ。荷物を置いてとりあえず近くのフライドチキンの店に行き遅い食事。生ビールも飲む。
10月17日(金)
妻は昼に韓国に到着する予定の社長を迎えに空港に行く。午後から社長と二人で、韓国での取引先のギャラリーに挨拶回りに出るためだ。ぼくは一人会場に出向き、ブースで作品の展示作業を行う。会場は1階から3階まで三つのフロアに分かれ、ぼくのギャラリーのブースは2階にあった。黙々と作品を展示していく。真向かいのブースに位置する韓国のUM GALLERYのアーティストの方や、大阪のギャラリー、EDELのH社長と挨拶する。15時頃、妻の妹で、大学生のジウォンちゃんが手伝いに現れる。作業はほとんど終わったので、二人で近くのカフェでサンドイッチを食べながら話す。映画監督になるのが夢だという彼女と、英語と日本語、韓国語を織り交ぜながら映画について高度な会話をするのはなかなか大変だったが、楽しかった。17時よりプレス関係者やVIP向けにオープニングプレビューが始まり、お客さんたちが会場に入ってきた。妻と社長も会場に到着し、いよいよアートフェアの開幕だ。取引先のギャラリー、INTER ALIAのK女史も現れ、20時の閉場後に、ジウォンちゃんも含めてみんなでタクシーで移動。アックチョンドンという町にある社長のお気に入りの焼き肉屋で食事。ワインを飲んだりする。

10月18日(土)
今日から正式にSIPAがスタート。22日の水曜日まで五日間のイベントである。昼に夫婦のお客さんが現れ、版画作品1点が早々と売約。とりあえずホッとする。しかし、来場数はかなり少なく会場は静かだ。取引先のGALLERY NOONのスタッフの女性二人が訪れ、閉場後、社長と妻と五人でノリャンジン水産市場という所に行く。GALLERY NOONの女社長と、その婚約者も合流し、市場で魚や蟹、アワビなどを購入し、近くの店でそれらをさばいてもらい、みんなで食べる。おいしい。社長が必死にジョークを交えながら場を盛り上げ、妻は必死にそれを通訳していた。ぼくは誰も酒を飲まないという状況下で、ひたすらビールを飲んでいた。
10月19日(日)
SIPA二日目。社長は韓国人のコレクター的なお客さんと食事に出かけ、そのまま夕方日本に戻る。妻と二人、ぼくが独立した際に作るギャラリー名を相談する。「LEDELLA GALLERY」(レデラ・ギャラリー)という名前に決定した。アンディ・ウォーホルはかつて「ドレラ」という愛称で呼ばれていたという。ドラキュラとシンデレラを合体させた名前だそうだ。ぼくの大好きなルー・リードは、ウォーホルの死後、彼に捧げた「SONGS FOR DRELLA」というアルバムを発表している。一方、ぼくの妻は自らのネット上の名前をレデラと名乗っていた。妻の姓は「シン」であり、シンデレラが好きだということもあって、「デレラ」にしようとしたところ、間違えて「レデラ」と書いて登録してしまったという。ウォーホルとぼくの妻、まったく無関係だが、この二つのエピソードがぼくはとても好きなのだ。ギャラリー名というとオーナーの個人名を冠する場合も多いが、ぼくはそれが何故かいやだった。妻は「LEDELLA ART FACTORY」という名前を主張したが、なんだか照れくさくてシンプルに「レデラギャラリー」にしようと落ちついた。会場にお客さんが少なく、とてもヒマだったので、早くもギャラリーのロゴマークなどを妻と相談する。シンデレラといえばガラスの靴だろう、ということで靴をモチーフにしたい。ウォーホルにもハイヒールをモチーフにした作品があるし、ぼくの好きな池田満寿夫の版画にもハイヒールを描いたものがあった。こういうのは子供が自分のサインを練習するようなもので、なかなか楽しい。結局今日は何事もなく閉場。妻とホテルの近くの焼き肉屋で食事。この店の焼き肉が気に入って去年も二回行った。明日がぼくの誕生日なのでその前夜祭ということで盛り上がった。お腹が爆発するのではないかと思うほど肉を食べ、ビールと焼酎を飲んだ。最後にチャーハンを食べたのだがこれがまた絶品だった。酔っぱらって気分が良くなり続けてカラオケに行く。思いのほか日本の曲が多かった。普段では絶対に歌わない曲を歌う。最後はビートルズの歌などを。ちなみに33歳最後に歌った歌は「TWIST&SHOUT」、34歳最初に歌った歌は「HELLO GOODBYE」だった。

(つづく)