今日はいいことがあった。新たな叛逆の力。

僕には、十分すぎる希望ができた。とても懐かしい感じがあった。

 

はやり、絆というものは、素晴らしい。

 

今日は自分の勇気ある行動で、ひとつ壁をぶちあけたそんな気がした。

これは、定められていた運命を感じていて、とても心が躍った。

 

明日も頑張ろうとそう思えた。

 

今日、話したいことがあったがそれどころではない。胸の高鳴りが止まらないのだ。

涙すらでそうなそんな感覚。

 

とてもじゃないが、昨日のようにネガティブなことをつらつらと書いている気分じゃない。

久しぶりに明日が楽しみという感情になった。

 

有難う。あの方々。

 

しかし、あまり心を有頂天にしていては、よくない。

調子に乗り過ぎては、またよくないことが起きる。慎重に。

 

今まで相手が自分のことをどう思っているかとすごく敏感になっていたが、本当のところは相手は、かかわりのない人間は、わからないとしか認知していない。

 

悪い噂のついているやつは、本当に悪いことをしているのだろう。

 

僕は、まだ、認知されていなかった。ただそれだけのこと。

 

気にしすぎるな自分

昨日はよく眠れなかった。

いや、正確には僕が寝ることを惜しんでずるずると起きていたのが原因。

そのせいで今日は、頭が回らず、起きているのか寝ているのかそれすらも判断できない状況だった。

 

こんな生活をしてられるのも今のうちだが、正直やばいと思う。

頭が起きないことなんて、今までそんなになかったのに・・・。これも歳をとった代償なのだろうか・・・。

 

今日は、何か考え事をしていた。今になって思い出せない。

なんだったかな。

 

あー、たぶん、自分が何を欲しているのか。そんなことだったような気がする。というかこれは僕だけではないかもしれないな。この文はとある記事をみて感化されまくったことだから、ぶっちゃけ自分の考えということではないかもしれないが、でも、一番始めに書いたブログに、内容が似ているので、ある意味では同意見なのかもしれない。

 

今を生きる人たちは、とても生きずらいと思っているのではないだろうか。

やりたいことでもないのに進学をしたほうがいいといわれ、無理に勉強して大学進学。それもまだまったく自分を形成できていない10代でその選択を迫られる。

 

正直、本当に行きたくて大学行っているやつなんてものの数パーセントなのではないだろうか。

しかもここには、巧妙な罠があり、勉強で嫌だからと高卒で働くとなってもそれはそれで、世間の目は厳しい。

結局のところは、選択の幅はかなり少ないように見える。

 

別に、未来のことや、この日本の就職についてなどに不満を言うつもりはなく、これはあくまで例として取り上げたが、普通に暮らしているだけでも、こんな壁に平然とぶつかるものなのである。

 

そして、自分は、そのたびに「自分の存在理由」について一度は考えるだろう。そこで何も答えの得られなかった人間は、自分のこと嫌悪する。

なんで存在したのだろうか、なんにも身寄りのない世界だなと。

 

結果として、現実から、目をそらす。言い過ぎかもしれないが、少なくもそう考える人はいるのではないだろうか。僕はそう思う。

 

しかし、問題は、この現実から目をそらすやり方だ。

 

今では、情報の共有や、やりとりというのは、簡単に行える。そして、自分だけの娯楽を作り出すことも容易になっている。自分が作り出す、自分だけの、自分が癒される、そんな世界を一瞬で構築できてしまう世の中だ。

 

それに依存しすぎると、いつの間にかその世界に食われてしまう。

 

問題を抱えて、現実のことを考えたくなくなった。そこに都合よく自分のほしい世界が広がっている場所がある。さてどうなるだろうか。

 

自分の欲する物、情報、人物、思想。それだけを追うようになり、考えたくないことからは逃げだす。

この後に待ち受けるものは、もっと残酷な現実。

 

まさに負の連鎖。

 

僕は、すでにこの負の連鎖に陥っている。向き合うことなんてどうすればいいか、そんなこともわからない人間

すでに、昔からの深い連鎖が僕の心を蝕む。

 

救いの翼は爆にはまだ訪れない。

 

今日は、書いていることがぐちゃぐちゃだ・・・。いや今日に始まったことではないか・・・。

 

今日も、何事もない1日だった。

やっぱりこんな文章、誰の目にも触れることなんてない。わかりきっていたことだけど、やっぱり寂しい。

 

休み、一日何もなく家にいられる日は、考え事をしてしまう。

それを考えるごとに、苛立ちが浮かび上がる。イライライライライラ。でもこれは僕が考えなければ、そのことに関しての資料に目を通さなければいいだけ。

 

でも見てしまう。考えてしまう。なぜならそれは僕にとって理不尽に終わり、理不尽に僕が悪人になったからだ。

僕は、自分でいうのもあれだが、人から嫌われるような人間ではないと思っていた。

 

あそこまで拒絶されたのは初めてだった。だからこんなに苛立ちを感じているのかもしれない。

人の醜い部分をいっぺんに見た気分だ。

 

恋は、とりすぎると毒といわれるがまさにその通りだ。

 

僕は、依存していた。そして相手も。いや、相手の方がひどかった。

依存が続くとどうなるか、薬物のように、過剰に摂取しなければ壊れるぐらいになっていた。

 

正直その状態の人間が自分に降りかかることは恐怖しかなかった。

 

もっと具体的な話をしようか。僕は、恋をしていた。今となっては、最悪な思い出。

その相手とはうまくことを運んでいった。僕は有頂天になっていた。昔から恋路なんてものに疎く、子どものようにはしゃいでいた。

 

でもそれは偽り。互いに相手に気に入られるために互いが己に嘘をついていた。時を過ごせば過ごすほど、違和感が生じた。

 

なぜ、僕は、こんなに怒られないといけないのか。なぜ僕は、そこまでして相手に時間を割かなければいけないのか。なぜ、僕は、同じようなことを何度もいって相手を安心させてあげなければならないのか。

 

恋路には疎く、何が真実なのかもわからず相手から言われていたことが女の子のためなんだと信じ込まされた。

後々になって考えてみればそれは相手のただの欲求、依存だった。

 

それに二人ともネットという仮面をしていた。そんな人間が、本当の自分を見せたときに、何か違和感を生じるのは当たり前なこと。

 

その違和感のまま、関係を続けようとしたのが間違いだったのかもしれない。

 

結果として、依存は続き、ついには、僕が大切なものにまで、浸食してきた。もう耐えきれない。その時、別れを告げた。すると今度は、相手は、生きがいも何もかも捨て、この世を去ろうとした。

 

僕は、その時、まだ未熟で、どう対処すればいいかなんてわからなかった。だから引き留めてしまった。

結局のところは、なんとかなり、僕のこともあきらめてくれる話だった。最後に条件を提示して。

 

その内容は、伏せるが、直接会いに来たのだ。そしてそこでまた僕に依存してきた。僕が関係を断ると過呼吸になる。また恐怖だった。

正直直接会うのも怖かった。命を断とうする人間の気持ちなんてわかるはずもなく、今度は逆恨みで僕がやられるのではないかとも思った。

なのに、この期に及んでまだ・・・・、完全に気持ちは冷めて、嫌悪感すら感じているのに・・・。これがなかなかしんどかった。

 

その後は、無理やりでも帰らせ、連絡を絶った。だがそれはツイッターの垢消しだったり、ラインなどのSNSはブロックしたりしただけで、電話番号はさすがに変えられず、もしまた何かあったらとびくびくしていたが何もなかった・・・が。

 

その3週間、急に、新しく作ったツイッターのアカウントに相手から、長文でメッセージが送られてきた。

ツイッターのアカウントは教えたりしておらず、それでもメッセージがきた。その時は恐怖という感情しかなかった。

 

内容はひどかった。なんで僕がそんなに言われなければならないのか。

確かに、相手の精神状況が悪くなったのは、百歩譲って僕にも原因があるのはわかる。でもだからといって、相手の人間関係に迷惑がかかったからその人たちに謝罪しろだの、お前のせいで、救急車に運ばれただの、完全に逆恨みだ。

 

あと、犯罪の名前を出して脅しもしてきた。それが送られてきたときは、まだ世間知らずな自分にとっては恐怖でしかなかった。メッセージのやりとりもひどかった。何をいっても、揚げ足ついて、僕のことをひたすらさげすんで、

ひたすら追い詰めようとしていた。

 

僕は、恐怖と悲しみで心がいっぱいだった。人はここまで醜いだなと。

 

そしてその中で腹立たしいこともあった。相手の知り合いがいたのだが、一部の人たちは僕とも知り合いだった。が、相手の言葉だけを信じ、一緒になって僕のことを悪人扱い。誰もそんなことは発言していないが、相手といまだにつるんでいるということはつまりそうゆうことだろう。

 

僕ひとりをつるし上げて、相手はほかの人の信用を得ている。

腹が立つのはそこの部分。

 

結局は、嘘。真実はもっと残酷だ。みんな見たいものが、みんなが与えられたものしか、真実だと思っていない。

なぜ、与えられたことだけを信じ、それ以上のことは見ようとしない。決めつけでことが進む。

 

醜い。

 

最終的には、専門家に相談してことはすんだ。専門家曰く、犯罪もでっち上げだった。だがそれはあくまで、無理やり終わらせただけ。何も言わずすました顔で、このまま生活に戻ればよいのだが、それですまないのが僕である。

 

あの時、どうしていれば、なんで、いまだにあんなことを言われなければならんのだ、など、気づけば頭の中でよぎる。

 

そして、何人かには、僕は悪人として処理されていること。

 

この事件で失ったものはたくさんだ、人は誰しも、醜いものをもっている。そこが頭によぎって、他人を信用することが怖い。

 

でも、僕は、這い上がる。いつかは、証明されるさ。僕は、悪くないってね。

なんとなくそう思っている。だいち、このことを知っているのもごくわずか。そんなのにびびっていたら、一生、楽しくいきれるわけがない。万人受けする人間なんてどこにもいない。

 

たまたま僕が運がわるかっただけ。次は、もっといいひとにめぐり逢いな。

幸い、僕には、まだ数少ない友達がいてくれる。前回いった居場所だとはまだ思えないけど、友達がいる。

だから、まだ、頑張れる気がする。

 

ポジティブなことは書けるけど、この気持ちが継続するかどうかはわからない。でも自分で希望を見出しとかないと死にたくなるじゃん。

 

さて、今日は、感情がこもって長くなってしまったね。

ここまでだ。僕の更生は、いつ終わるのか。翼はまだ見えない。

 

 

 

 

 

やっと、ブログ開設をした。

本当は、9月の頭ぐらいにはやろうやろうと思っていたが、残念な僕がいつまでたってもその一歩を踏み出そうとはしなかった。

 

ネットの世界で楽しくやっていたけど、あることがきっかけですべておじゃんになった。正直、非常に怖い経験をした。

 

ネットは広い世界だから、僕の存在は気づかれない。でもまた、誰かに見つかるんじゃないかと思うと不安で仕方ない。

 

今もそれはある。前やっていたことはそれもあってまだやろうとは思わない。

というか、何もやる気に起こらなかった。

 

でも、こうして、キーボードを叩いているのは、少し、気が楽になるような気がするからだ。

ある人に一回、本音をぶちまけた文を書いた時、なんとなく気が楽になった気がした。

 

だから、なんとなく、書く。

 

僕は、冴えない人間だ。人とはうまく面と向かってしゃべれない。喋ったとしても敬語。相手を傷つけないように、失礼のないように・・・。

 

相手からしたら、すごく壁を感じているはず。壁どころか、何かしらの嫌悪感もあるかもしれない。そう考えると、また、息苦しくなる。

 

嘘をつくことは、本当によくないと思う。自分がどう思っているのか、ちゃんと話さなくちゃ、信頼なんてされない。

 

でも自分がどう思っているのか、自分はなのかを相手に出すのも怖い。

 

この二つが干渉し合って、自分が嫌になる。

 

嫌になっているのから、自分を隠そうとしているのかもしれない。

キーボードを叩けば、こんなことを書くやつだ。とても、現実を真摯に向き合おうとしていないな。

 

逃げて、楽してるだけなのかもしれない。

 

でも、成功したって思える行動もないし、成功だっていえる自信もない。みんな何かしら認められて、居場所があって、自分の存在が正しい、いいものだって認知して、自信を持てているのではないか?

 

だから失敗しても、その自信がまた新たな道に進もうとする励み、勇気になるのではないか。

 

僕は、居場所もない、認められたこともない。端っこで、のけものとして、いつも扱われた。

 

自分から逃げたっていいことはない。布団に寝転んで、何もしないままでいると、時間の無駄と、嫌になる。

でもかといって何かをする活力もない。

窮屈な気持ちが僕を孤独にする。辛い、なんで僕が・・・。でも、

 

これを引き起こしているのも、自分。

 

これを変えるのも、継続するのも、自分。

 

他人はなんとかしてくれない。

 

なんて、辛い現実なんだろうか。

 

これだけ書いたけど、周りの人からすれば、浅いことなんだろうな。こんなこと気にしてない人のほうが多いのかな。

 

僕は、変われるのか。そのための叛逆の翼だ。

前向きになるのは簡単じゃない。でもそうやって生きていくしかない。

生きていかなくてはならない。生きなければ、意味がなくなる。

 

今日はここまでにしよう。

 

1000文字も書いたけど、まだつらつらと何か書けそうだけど、一個に凝縮しても、ダレるだけだ。

 

また明日。明日は、今年、いや、もしかしたら今までで一番怖い経験をした話を書こうと思う。

 

僕の更生は、始まったばかり。

長い時間を経て、いつかは、叛逆の力が芽生えると信じて。