20数年のお付き合いがある奈良の山の会さんから、ありがたいことにツアーリーダーの
ご指名をいただき、台湾に出かけてきました。
私がアルパインツアーに入社してまもなく、本社転勤した先輩から引き継いだ会で、
先代の会長さんをはじめ、現会長さん、理事の皆さんにも本当に可愛がっていただき、
いろんな国に同行させていただきました。また、この会の新年会や納山会にも呼んで
いただき、年2度の地方説明会では、終了後、会長さんのおうちで夕食を頂いたりして・・・。
そんな、私にとって特に大切に思っている山の会の皆さんと、久しぶりにご一緒させて
いただける、しかも、私の大好きな台湾ですから、出発前からとても楽しみでした。
そして当日、飛行機は定刻通り、台北桃園空港に到着し、現地ガイドさんと合流し、
バスは一路、九份へ。夕刻のノスタルジックな赤い提灯と、馬蹄形に広がる街の景色が
有名な、台湾有数の観光地です。
途中、圓山大飯店の横を通過。
台湾の高級ホテルといえば、必ず名が挙がるホテル。過去、雑誌に「世界10大ホテル」
として紹介されたほど。今は観光客やビジネス客の宿泊が多いようですが、かつて、
蒋介石時代には「地下道」が作られたというウワサのある、政治色が濃いホテルです。
もともとこの地には、日本統治下に作られた台湾神社(官幣大社!)があったのだそう。
台湾総鎮守社として、鎮社大祭は国民の休日にもなったほど…。が、旅客機事故を
きっかけに、翌年は第二次世界大戦が終わり、日本は退去、台湾にある神社は
すべて撤去されます。その跡地に出来たのが、圓山大飯店なのだそうです。
黄色の屋根と、赤い柱、ドン!と居座るような重みをもつ造り…、ザッツ中華な色調の
このホテルを見ると、あ~、台湾にやってきたな~ってしみじみ思います。
風水でいうところの「背山臨水(後ろに山、前に川)」の地に建てられ、気の流れがとても
よいパワースポット。2度ほど、中に入ったことがありますが、風水とか東洋医学的な
思想など全く知らなかった私には、ケバい印象しか残りませんでした(笑)! それでも
なんだかスカッとした澄んだ印象はありました。
が、漢方を習い、五行論を学ぶと、ここがいかにパワー溢れる場所なのかが分かります。
ここには、絵や彫刻など、20万を超える龍がいて、「龍宮城」の別名があるのだとか。
風水での龍の位置づけは、運気や力を象徴するものとして、または、人の運気を上昇
させる守り神的な存在とされています。想像上の生き物は、とてもパワフルに感じるし、
水中だけでなく空間を自由に飛び回って、正体が掴めない。そこに人の願いの救いが
あると思うんです。日本的に言えば、神さまの存在みたいなものでしょう。
ここは過去に大きな火災が発生していますが、ケガ人が出なかったことも、そのパワーの
お陰だと台湾の人は思っているそうです。シラケて物事を見れば、迷信と感じるだろうし、
何かに救いを求めている人には、大きなパワーを感じることでしょう。
最終的には何事も、自分に内在している心の持ちよう。
どうせなら、私はその龍の力を借りて、気分をアゲたいです!!
反対側には、TAIPEI101が見えてます。
ここも当然、風水に基づいた形で建築デザインされているんです。
(2015年撮影)
すくすく延びて、風が吹いても倒れず、たおやかにしなる竹をイメージした造りになって
ます。8階ごとに段差を造って節を表し、それが8段あります。8は縁起の良い数字。
節の下にある丸いものはお金を意味しています。
101とは101階あるからですが、それは100を超え更に高みに続くことを意味し、
かつては世界一のノッポビルでした。高速エレベーターと共に、世界一としてギネス
ブックに載っていたんだそう。
さすが中国、一番がイイのね!って発想しがちですが、私はそれって誤解だろうと
感じています。私が知る台湾人は、誰よりも何よりも、というような競争的社会には
生きてません。もちろん、そんな人もいるだろうけれど、台湾にはもっと違う価値観の
時間が流れているように感じるのです。たぶんそれは、日本と同じ、島国特有の気質だ
と思います。
そもそも台湾に昔から住んでいた原住民は、東南アジア島嶼部や太平洋の島々に
通じる言語を持つと言われています。それをオーストロネシア語族と言い、ミクロネシア
やハワイのマオリと原住民の顔つきは確かに似ています。船による人・モノ・言葉の
動きがあったとされ、大陸とは明らかに違う気質が台湾には存在するはずです。
台湾の穏やかさは、競争社会でない、そんな島国気質から来ているのではないで
しょうか。気候によるところも大きいでしょう。
さらに言うなら、その先には・・・、
競争社会の中国とは違うんだ、という明確なアイデンティティが見え隠れしています。
台湾が歩んできた歴史を紐解くと、その理由がぼんやりと浮かんでくるでしょう。
「原住民」と言われる人たちは、大陸から戦争前に渡ってきた本省人や、戦後流入した
外省人との混血(言葉正しいか不明)が進み、今やたったの2%になっています。
なので、おおざっぱに言えば、大半が中国人だし、当然、大陸的性質はあるんです。
でも、中国政府を台湾に移した大陸人は、台湾が中国の中央だ!とし、大陸と敵対。
今なお、台湾が中国の一部、と言われる事への違和感、口惜しさ、闘志などを、潜在的に
もっていて、それが言動の諸所に現れてくるんだろうな、と思うのです。
物静かに話をしたり(特に台湾の若い男の子はオカマ?と思うほど優しい!)、
順番をきちんと守ったり、困っている人を積極的に助けてあげたり、中国人と雰囲気が
違うことは、旅をするとすぐにわかります…。
その歴史の流れから、台湾は今も1つの国と認められておらず、中国と国交を持つ日本
とは、外交はありません。それでも、親日家が多い…、その懐の深さも、独占的国家の
中国とは違うのよ、という意思を感じます。もちろん、日本統治下でインフラを整備し、
台湾の礎を築いたのが日本である、という感謝の表現というのもあるのでしょうが…。
島国気質か、中国へのポーズかは、想像の域を超えませんが、いずれにせよ、台湾は
目くじら立てて一番を争うような国ではなく、紳士的だと私は思っています。
誤解されたくないのですが、私は中国も大好きです。悪口を書いているつもりは全く
なくて、気質の違いを明確にしたいから、ちょっと極論になっちゃってます。
中国でも台湾でも、これまで嫌な気分になった旅は一度もありませんでした。いずれの
旅も、良い人に巡り合い、楽しい思い出がたくさんあります。
国家という単位においては、「過去」に拘らねばならないこともあるでしょう。
でも、個人という単位においては、皆、「今」を生きています。そして、「今」が「未来」の
「過去」になるということは、誰もが分かっています。「今」が平穏なら「未来」にいる
私たちの子孫はきっと幸せなはずということも…。個人単位で友好を深めてゆけば、
いずれ国の争いはなくなる、そう信じています。
そんなことを思いながら、冷房が入ったバスに揺られ、九份に向かいました。