20代後半、アナックという世界的大ヒットしている歌がテレビで流れた。日本語字幕を見て父は言った「どこの国も同じだね」、この言葉が私の胸に刺さった。
大事に育てた子供が成長すると親に反発し家出した。都会ですさんだ生活を送っているのではと心配する親の心がストーリーになっている。それが我が家のストーリーと重なった。町工場をつくる父の夢を蹴飛ばし、大都会へ消えて行った私の過去がその時走馬灯のように駆け巡った。
その後まもなくフィリピンから職場研修に来ていた男性二人とドライブしていた時、この曲が流れるとフィリピンの歌手フレディー・アギラの歌だと言った。それから約10年後、何度かフィリピンを訪れる機会があり、アギラが初期に活動したオロンガポも観光した。
ここにはかつてスービックという米海軍の巨大基地があり、米兵相手の繁華街が賑わっていた。ベトナム戦争へ向かう米兵はこの近くのジャングルで訓練を受け、ナイフと枯れた竹一本で火をおこすサバイバルなど教わった後ベトナムへ出兵した。
その後フィリピン政府が「基地協定延長」を拒否し、米兵が去ると街は一気に寂れ、私が訪れた1994年スービックの基地内ショップも閑散としていた。
アギラは家出し、プロ歌手を目指し初期の頃オロンガポで歌っていた。1977年、両親への懺悔の念でこの歌を書いたが、父は数週間後にこの歌を聴かずに死亡した。母は「この歌を父に聞かせたかった」と泣いた。
お前が生まれた時
父さん母さんたちは
どんなに喜んだことだろう
私達だけを頼りにしている
寝顔のいじらしさ
一晩中母さんはミルクを温めたものさ
昼間は父さんが飽きもせずあやしてた
お前は大きくなり
自由が欲しいと言う
私達は戸惑うばかり
日に日に気むずかしく
変わってゆくお前は
話を聞いてもくれない
親の心配見向きもせずお前は出て行く
あの時のお前を止めることは誰にも出来なかった
息子よお前は今
悪の道へ走り
荒んだ暮らしをしてると聞いた
息子よお前に何が
あったのだろうか
母さんはただ泣いている
きっとお前の目にも涙が溢れているだろう
きっと今ではお前も後悔をしているだろう
きっとお前の目にも涙が溢れているだろう
きっとお前の目にも涙が溢れているだろう