加賀の白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)が総本社とされ、全国に白山神社は、3000社を超えるとされる。

ご祭神はククリヒメ、イザナギ、イザナミ

 

イザナミが、火の神であるカグツチを産んだために火傷を負って亡くなってしまった。

イザナギは、イザナミに逢いたい気持ちを捨てきれず、黄泉の国まで逢いに行った。

 

そこで「決して覗いてはいけない」というイザナミとの約束を破って見てしまったのは、腐敗して蛆にたかられたイザナミの醜い姿であった。その姿を恐れてイザナギは地上へ向かって逃げ出してしまう。

 

イザナギは、黄泉国と地上との境である泉平坂(よもつひらさか三途の川などとも共通する思想であり、世界各地に見当たるで追いつかれ、イザナミと口論になる。

 

 そこに泉守道者(よもつちもりびと)が現れ、イザナミの言葉を取継いで「一緒に帰ることはできない」と言った。 つづいてあらわれた菊理媛神(ククリヒメのカミ)が何かを言うと、イザナギはそれ(泉守道者と菊理媛神が申し上げた事)を褒め、帰って行った、とある。

 

 菊理媛神が何を言ったかは書かれておらず、また、出自なども書かれていない。

イザナギは地上側出口を大岩で塞ぎ、イザナミと完全に離縁した。

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菊理媛神は『古事記』や『日本書紀』本文には登場せず、『日本書紀』の一書(第十)に一度だけ出てくるのみである。

【原文】

 及其与妹相闘於泉平坂也、伊奘諾尊曰、始為族悲、及思哀者、是吾之怯矣。

 時泉守道者白云、有言矣。曰、吾与汝已生国矣。奈何更求生乎。吾則当留此国、不可共去。

 是時、菊理媛神亦有白事。伊奘諾尊聞而善之。乃散去矣。

【解釈文】

 その妻(=伊弉冉尊)と泉平坂(よもつひらさか)で相争うとき、伊奘諾尊が言われるのに、「私が始め悲しみ慕ったのは、私が弱かったからだ」と。

 このとき泉守道者(よもつちもりびと)が申し上げていうのに、「伊弉冉尊からのお言葉があります。『私はあなたと、すでに国を生みました。なぜにこの上、生むことを求めるのでしょうか。私はこの国に留まりますので、ご一緒には還れません』とおっしゃっております」と。

 このとき菊理媛神が、申し上げられることがあった。伊奘諾尊はこれをお聞きになり、ほめられた。そして、その場を去られた。

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【筆者解釈】

イザナギが黄泉の国でみたイザナミの醜い姿とは、甘い言葉で誘う並の地上の宗教と口寄せなど、人心を惑わし真の神との接触を断ち切る信仰のことである。

 

イザナギは菊理媛に、それら地上の宗教と口寄せなど(イザナミ)から学び終えたことに感謝することを教わる。泉守道者(秘儀参入者)には、ここは超えることのできない敷居泉平坂)であるから高次の世界(第二イニシエーション)へ参入することように薦められ理解した。

 

【その他の解釈】

・白山信仰には、古代朝鮮の山神(サンシン)とのかかわりもあるようだ。

白山や立山には、死に装束で白い布を敷いた橋(布橋)を渡って再生するという偽死再生儀礼が、信仰の中核に置かれていた。この「布橋灌頂(ぬのばしかんじょう)」とよばれる儀礼は、古代朝鮮の死霊際と非常に深い関係があると考えられることなどから、白山信仰は朝鮮半島から持ち込まれ、日本のシャーマニズムと融合していった可能性が高い。

 

・古代アジア東北部に「靺鞨(まつかつ)」と呼ばれるツングース系民族がいて、その中に「白山部」という支族いた。この白山部の中で育まれた白頭山=太白山信仰が日本海を渡ってもたらされたという説もある。

 

・白頭山信仰を持った高句麗の渡来人が、加賀の白山信仰と融合し高句麗姫(こうくりひめ)=菊理媛(くくりひめ)信仰となったのではないだろうか。

 

神代文字で記されているとされる『秀真伝』には、菊理媛神が、天照大御神の伯母であるとともにその養育係であり、また万事をくくる(まとめる)神だと記されている。