前日記「戦場の武士道・樋口季一郎」に書いた、「黄金の碑(ゴールデン・ブック)」に名前が載ってる、もう一人の日本人安江仙弘も数奇な人生を走り抜けた人物でした。
彼は当時の軍人の多くがそうだったように、元々は筋金入りの反ユダヤ主義者だったのです。

【反ユダヤ主義の上陸】
もともとユダヤ人もユダヤ教徒もいない日本に、「反ユダヤ主義」が登場したのはいつ誰によるのか。
1918年日本はシベリア出兵を行うが、日本兵と接触したロシア白軍兵士には全員『シオン賢者の議定書』を配布されていたことにより、日本兵は「反ユダヤ主義」の存在を知ることになる。

安江仙弘はシベリア出兵から帰国すると酒井勝軍にこの本を紹介し訳本を出版させ、自らも『世界革命之裏面』という本で初めて全文を日本に紹介した。また海軍の犬塚惟重も独自に訳本を出版、陸海軍のみならず外務省をも巻き込み「ユダヤの陰謀」研究が行われた。
安江仙弘が全文を紹介する以前の1923年『マッソン結社の陰謀』および『シオン議定書』と題するパンフレットが全国中学校校長協会の名前で教育界に配布されている、さらに戦争が激しくなると旧制の中高等学校で「ユダヤ問題」が盛んに論議されるようになる。戦前戦中は少年向け雑誌「少年倶楽部」や冒険小説にもユダヤの陰謀とフリーメーソン陰謀をネタに使った本が多数一般に広がった。

【反ユダヤの誤りを悟る】
1927年大日本帝国陸軍特務機関勤務の安江仙弘はユダヤ研究を命じられ、英語通訳の酒井勝軍らとともに、パレスチナやエジプトから欧州に赴くがシオン賢者の議定書は見つからず誤りを悟る。亡国のユダヤ流民の惨状に同情し、急速に親ユダヤ的傾向が強まり「反ユダヤ」から「親ユダヤ」に180度方向転換することになる。

【シオン賢者の議定書】
「シオン賢者の議定書」は史上最悪の偽書と言われる「ユダヤ人による世界征服の陰謀」文書で反ユダヤ主義者や陰謀論者の間で盲目的に支持され現在も根強い支持者がいる。
この文書はロシア革命前夜、民衆の不 満をロシア皇帝からユダヤ人にそらすため、ロシア帝国内務省警察部警備局により捏造された。その後この本は世界中に広がったが、1921年英紙『タイムズ』の編集部は「シオン賢者の議定書」の元ネタを暴露、大英博物館に保管されていた『マキャベリとモンテスキューの地獄での対話』と本書とを比較して、マキャベリ(ナポレオン3世)の部分をユダヤ人に置き換え、大量の加筆を行ったとその正体を明らかにした。この報道のため英国では熱は冷めてしまい、ロシアではソビエト時代になると発禁本とされた。

現在の中国と韓国が政権への批判を交わそうと、反日感情を煽り矛先を日本へ向けるのと同じ発想です。
2000年前からキリスト教圏では、ペストが流行ればユダヤ人が井戸に毒を入れた、不況になればユダヤ人が経済を牛耳っているとスケープゴートになってきました。
この「シオン賢者の議定書」が現在に続く「陰謀論」反米、反ユダヤ、反資本主義、反フリーメーソン、反イルミナティーのスタートになりました。


「戦場の武士道・安江仙弘②」へ続く

写真はユダヤ研究を命じられた安江仙弘と通訳の酒井勝軍
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