$avalonのブログ


「スピリチュアル」という言葉から、あなたは何を思い浮かべますか?
霊視、波動、魂の浄化、前世が○○だったとか、守護霊がどうだとか、宇宙からのパワー、癒し、オーラ、その他もろもろ。オカルト的な胡散臭さ満載の怪しい世界のイメージが一般的には定着しているようです。事実この世界には胡散臭い指導者が蔓延し、「オーム真理教」予備軍は増大しているように私には見えます。

【肉体と霊体】
人間には物質的な肉体と、目には見えない心の領域があって、スピリチュアルは、目に見えない心の領域のことです。人間は、「肉体的」な存在であると同時に、スピリチュアル「霊的」な存在です。
転んだり、包丁で指を切れば「肉体」が傷つき痛いと感じます。しかし 他人に騙されたり、恋人が浮気をしたり、配偶者が不倫したらどうでしょうか。別に身体のどこかが傷つくわけではありません。でも私たちはとても「傷つき」肉体的傷より深く傷つくことさえあります。一体何が傷ついたのでしょうか。それは心であり、霊であり、死に至る病となる場合もあります。

$avalonのブログ
【神の言葉と悪魔の囁き】
子供達の学校での「言葉」によるいじめ、男性の甘い誘惑で人生をだいなしにされる女性、「言葉」には人を殺傷する力があります。聖書の「ヨハネによる福音書」1章1節には、こう書かれています。
「はじめに、言(ことば)があった、ことばは神と共にあった、ことばは神であった」。

言葉には神とともにある「はじめの言葉」と、利己的不純な「だましの言葉」があります。自分の言葉が神(光)と繋がっているのか、悪魔(闇)と繋がっているのか、遠い世界の話ではなく、自分の心に聴けば解ることです。

【健康への道は闇から光へ】
本当の意味での健康は「スピリチュアル(霊的)」な健康を回復することにより、結果としての肉体も健康になることです。ところが昨今のスピリチュアルな「カリスマ」たちが人々に訴える宣伝文言は「お金がどんどん入ってくる」「運がよくなる」「恋愛がうまくいく」「波動調整で健康回復」「超能力で他人を操る」などといった、徹底した現世利益追求の、自己中心的な願望の実現です。

本来の宗教やスピリチュアルの目指すところは「闇から光の世界」への「自己改革」「自己変容」であるはずが、自己改革(自分が変えられていくこと)には痛みを伴いますから、手っとり早いインスタント・カリスマの餌じきとなり、「スピリチュアル」と言いながら、実はその目指すところはどこまでも、肉欲、物欲的な世界なので、いわば自分が幸せになることにしか興味がないのです。

【近くて遠い道】と【遠くて近い道】
光とは真逆のエセ・カリスマは一時的な「幸福感」や「健康回復」を与えてくれるかも知れませんが、盲目状態から目覚めたときの不安は前より悪くなっているものです。狭いスピリチュアルの、さらに狭い特殊社会での自己満足は一般社会ではまったく通用しません。「真の神の光」は特定のグループにだけ存在するものではなく、全世界にあまねく実在し、自分の内面問題として取り組む人なら普通の生活から学ぶことの方が霊的進化が早いのです。

霊的進化の階段
$avalonのブログ