今年に入ってから、客観的に自分をみるように努めている。

 

占いは本来信じない方だと思うけど、なぜかスピ的な見解から意見を聞いてみようという気持ちになった。

これが面白い!

アドバイスは有難く受け取った。

守護霊さま、本当に付いていてくださるのね。

自然界のスピリットたち、存在するとは思っていたけど確信に変わった。

 

イベントを含めると、2025年は霊能力者といわれる方々の3名とお会いすることができた。

それぞれに本も出版なさっている、結構著名な方々。

 

同じ人間なのにどうして見えないものが見えたり、念じるだけで物理的にモノに作用ができるんだろう。

ほんと、不思議だけど現実なんだから受け入れるのが筋だし、百聞は一見にしかずってその通り!

 

私も自分の役割を果たしていこう。

普通に生活していても、不思議なことはたくさんある。

空が宇宙に繋がっていることだって充分不思議だ。

 

地球から太陽と月がほぼ同じ大きさに見えるって偶然にしてはできすぎじゃない?

 

古代遺跡、ステキ! オーパーツ、面白い!

地球上の謎が好き。

 

それから。

 

他の人たちもあるだろうけど、わたしもいろんな奇跡みたいなことを体験してきたよ。

夢に出てきたそんなに親しくない人と、次の日に偶然同じ会場に同じ目的で来て会ったり。

 

お墓参りの直後に、亡くなった義父が持っていたまさにその愛車が目の前にあらわれたりも。車は数年前に手放したんだけど、買った人が偶然同じショッピングセンターの広大な駐車場で、前に割り込んできたのね。お墓参りした直後だったからびっくりした。

 

そういうのが不思議で何なんだろうと知りたくて、いろんな本も読んだわけ。

すると、親は「また気味悪い本を読んでる」って非難してたっけ。

子供の頃は説明ができる大人はいなかったし、だいぶ年齢を重ねても、まだわからないことが多い。

 

木々や海岸の石ころたちが不思議な「気」に満ちていること、安易に人に話したら「スピ系の人」と決めつけられちゃうし。

 

今は電磁波地獄みたいな環境に住んでいて、かなりのダメージが来ている気がする。

 

コロナ以前には、時々自然の中で文明的な暮らしができる場所を求めて長期に滞在してたのが、コロナで簡単に出国できなくなった。電磁波を流せる地面がないのが辛い。

お風呂に塩を入れて入浴するのもいいみたいけど。

 

電磁波って怖いよ。本来備わっていた第六感というか直観みたいなのがどっか行ってしまう。

自分がロボットになっちゃうような感覚がある。

わたしだけかもしれないけど。

 

 

 

一昨日、すだれを外そうとして棘を刺したので、Silというレメディーlをリピートしてみました。

体験談では刺さった異物はニョキっと出てくる、とよく聞きました。なのに全然出てこない。。。

 

顕微鏡と、一番精巧な刃先のニッパー、それに縫い針を使いながらほじくり出しました。

 

私の母は、妹が小さい頃、私がミシンで針先を飛ばすと怒りをあらわに怒鳴りつけながら探し回りました。たいてい、視力の良い私が見つけて一件落着していましたが。神経質な母は、小さな金属片が赤ちゃんの皮膚にささり、心臓に達して死んでしまうからと、口を酸っぱくして、針飛ばし名人の私に言い聞かせてくれたものです。全く楽しくない思い出です。

 

こんな風にガミガミと教え込まれていたので、極小で極細の棘が刺さって痛いのは嬉しくないことでした。

 

Silはもう少し続けていたら効いたかもですが、待てませんでした。

 

ついでに思い出したのですが、ある時、レメディーが効かないって言ったら、「アンタはインチャが強いからだ」、と指摘されて終わってしまいました。真面目なワタシはインチャ癒しの真似事をしてみましたが、集中できませんでした。

 

困ってしまって、あるベテランのホメオパスにどうしたものかと尋ねたら、「インチャがあろうがなかろうが、レメディーは効くものだ」と、この問題にはあまり取り合ってくれませんでした。

 

最近になって、インチャさんを刺さった棘のようにほじくり出すことは、自分には必要がなかったんじゃないかな、と思うようになりました。だって、それは血流に乗って流れていかなくても、元々心臓(ハートチャクラ)にあるんだろうし。日々、色々なことがあっても、必ず夜は明けるし、空は青いし、夜の星はきれいだし。

 

授業ではみんなよく泣いていて、泣けない自分が変なのかと思ったこともあったけれど、私は普通の子供より過酷な日々を送っていたかもしれない。寂しさや孤独感に耐えるよりも、生存することが大事だった。人それぞれ、大変なことは異なるね。

 

棘が刺さっただけで、こんなに色々考えてしまった。

週末も終わっちゃった。誰が何を考えようがどうしようが、地球はちゃんと回っている。

それは、結構スゴイことのように思えたり。

 

 

当時、田舎のティーンエージャーだった自分は、見えないエネルギーでヒーリングができる人を知ったとき、ものすごくびっくりしたし憧れた。

それって魔法使いでしょう!それも「いい魔法使い」!

子供はそんないいヤツに憧れるよね。

 

あるとき、気攻のヒーリング本を読んだ。医者の書いた本で、患者をパワーで治してるって。

必死に真似した。

そして、多分、ある程度できるようになったんだろう。元気のない人にツボを押しながら「気」を送るというワザを身に付けて、身近な人にボランティアでヒーリングをしまくった。

単純に人助けをしてると思い込んで喜んでいた。

 

あの本を書いた医者、無責任だったと思う。

だって、本のとおりにやってたら自分のエネルギーを相手に上げるだけだった。

つまり、病人をヒーリングしたときの自分にくるダメージについては、何も書いてなかった。

 

気の取り込み方とかは本人はきっと鍛錬してたから当然できていたのだろう。

そう、無知な読者が陥る危険に気づかなかったんだろうけど。

 

 

数年経って、友人と公園を散歩してた時、その友人の知り合いにばったり会った。

両足を手術したばかりでリハビリのためにぎこちなく歩いていた眉毛の濃いがっしりとした女性。

友人の頼みで、その人にヒーリングをすることになった。

もちろんボランティア。

 

「エネルギーが入ってくる。いい感じ」と喜んでくれたので、調子に乗ってエネルギーを送った。

30分近くやってたかな。

その人は満足して、またぎこちない足取りで、でも力強く早足で去って行った。

 

泊まっていた友人の家に着くと、今度は妹が疲れているからヒーリングしてあげて、と頼まれた。

私も普段ないような疲れがあったのだけど、断るのも何なので、友人の妹の肩に手を置いてツボ押しをしてたら、もうたまらなく疲労感じが押し寄せてしまった。申し訳なかったけど、立っているのが難しいくらい疲れたので、早々に切り上げた。

 

寝れば治るって思ってたのが間違い!

翌朝、身体が全く動かなかった。

 

なんでこんな疲れたのかわからない。頭はスッキリさえているのに、ベッドから起き上がることもできない。

そう、「気」がほとんどなかったんだけど、その時は全然思いつかなかった。

だって知らない世界だもの、わかるわけない。

 

ただの疲れと思っていたしだんだんに歩けるようになって、数日後に夜行列車に乗って家に帰った。

結局一週間くらいはフラフラしてたなあ。

若かったから、あんまり気にしなかったけど。

 

今はわかる。エナジー・バンパイアにヒーリングしちゃったんだ。

下手したら死んでた。

後で聞いたけど、あの人は洞窟で生まれた山の人だったそうで元々の生命力が違う。

「あのヒーリングは素晴らしかった」、と言ってたそう。

友人はそれを聞いて呑気に喜んでいた。

 

あれ以来、何だかもう、身体が重くなった。

あのときの疲労感は何十年経っても完全にはぬぐえないだろうと思う。

 

安易に人助けしようなんて思う前に、きちんと勉強して知識を得ないとダメってわかった経験だった。

 

 

鬱になるのはどうしてだろう。

全てが空しいし、楽しいって感情は何だっけ? 毎日かったるいし、とにかく辛いから何もできない。

 

この辛い、というのは何が辛いのだろう。

感じ方はそれぞれに違うけど、私には、生きようとするエネルギーをどんどん食い尽くされているような感じで、それと戦っているような気もする。

 

聞いた話では、弥生時代とかに鬱の人はいなかったそう。

誰も弥生時代に行ったことないはずなのに、どうして知っているんだろうかと思ったけど。

 

確かに、生きるためにエネルギーを費やす時代は、自然と頑張る体制が整っているから鬱になっている暇というか余裕がないのかも。

公害もなしし、自然の大きなエネルギーの中で共存するしかないから、草木がぐんぐん育つように動物たち、人間たちもエネルギーに満ちていたのかな。

 

 

私の母も友人の母も鬱で大変な毎日を送っている。

被害妄想も強まって、ないものをあると認識してそれに苦しむ毎日。

生きていても何も楽しいことなんてない、って口癖。

 

友人の母は、日光や花を一切嫌ってカーテンを閉め切った部屋でうずくまっていた。

きれいな花束が届くと、泣きながら「お花なんて大嫌い!」と叫ぶように言っていた。

 

化学物質がふんだんに使われた食事や、病院通いで大量の薬を服用してたりも関係していたと思う。

あと、人間不信になるような出来事が続いて絶望をつのらせたんだろうね。

 

私の周りにも少なくない人が鬱だし、私自身もその傾向は確実にある。

そんな中で、ちょっと助けになるのは音であったりした。

 

ある人は職人の作ったオルゴールの音色で改善した。

私自身は、特定の音楽を繰り返し聴くことで、清々しい気分を取り戻せた。

繰り返し、繰り返し、同じ曲を何日も聴いていたら、硬かったみぞおちが少し柔らかさを取り戻してた。

 

人によって、助けになるものは違うだろうけど、何か見つけられるといいね。

 

 

 

 

英国認定ホメオパスになれるということで4年間勉強した学校は、卒業時に曖昧な受付けをして、結局、試験は実施されず連絡もなくスルーでした。

予想してたけど、ガッカリ。

 

自分としては懸命に学んだ結果、燃え尽き症候群ってこういうことかな、って思った。3つのコースで合計6年間は長かった。

 

日本国内の活動は、ホメオパスは国家資格ではないので問題なし。UKでは日本の資格は無価値。

英国認定がなかったら、UKではビザが取得できても活動できないじゃん。

・・・という訳で悲しみにくれていた数か月でした。

 

 

しかし、先日レメディーを注文した際、同封されていた学校の生徒募集のチラシに「英国認定」の文字が!

 

また4年間ホメオパシーを勉強するなんて、と最初は考えもしなかったけれど、学生メンバーとしても協会に登録できそう。

 

宿題は英語で出さなければならない。

これも新たな課題。英語でMM(マテリアメディカ)や文献を読まざるを得ない。つまり、英語力upに繋がるかも。

 

ただし、かなり、ものすごく大変そう。

また学生かあ。

頑張るって言わない。できることをやっていくだけ。

 

あと4年は長い時間。

年齢的にも不安があるけど、こんな自分は幸せなんだと思う。

 

知らないことは学びたい。知識は知恵として使いたい。

 

同じところで同じ考えの人がいて、グループで話が弾むとする。

その中で、ふと疑問を持って他の答えを捜そうとした人が現れる。

今まで学んでいたことが、自分にはもう必要なくて次が見えてきたの。

 

セミナーに行かないって言うと、「もう行かなくていいくらい知ってるんだね」、みたいな皮肉も降ってくる。

自分の考えに固執すると、同じ考えでない人を非難したくなるのだろうか。

「あ、そう。じゃあもう仲間じゃないね」、って言いたいのかな。

間違ってる!と言わんばかり。

宗教戦争や人種問題なども、こういった意識と似ているかもしれない。

 

自分と同じでない人を許せない風潮。

そこから去るとしても、何の迷惑もかけないのに。

 

別に深い付き合いではなかったけど、狭量な考えは寂しいね。

 

 

 

 

 

 

 

エドガー・ケイシー療法のこと

 

高校生くらいのときに、エドガー・ケイシーを知り、とても興味をひかれた。

物質や科学を求める生活のなかに、バシっと音を立てるような光を見たようだった。

 

光が音を立てるってないよね。

けれど、こんな表現はアリだと思うの。

 

ケイシーのリーディングによれば、天体、自然界、あらゆる現象が奏でる音楽があり、つぼみが開花するとき、木々が成長するとき、人体の中の組織や細胞も音楽的な波長を奏でているという。

 

こういうことをことばや文章で教えてくれるって有難い。

 

心の中でわかっていても、自分の価値観はそれを具体的な思考や文章にすることを拒否することがあるから。

 

私は現代医学を否定することはしてないし、実際数えきれない命を救っていることに感謝と尊敬の念をもっている。

けれど、医者の肩書でビジネスをしているだけの人もいるのは確か。

 

OLだったある時、身体中に湿疹と頭皮から大量のフケも出て皮膚科に行ったけれど、薬が効かなくて痒いしみっともないしでとても辛かった。1週間か10日か忘れたけど、次の通院の日まで我慢して行って、「使っていたけれど薬が効かないんです」って言った。

 

私は報告したつもりだったんだけど、医者はこう言ったの。

「オレにどうしろっていうんだ?」

私、若かったしびっくりして固まっちゃった。

 

「大学病院に行ったって、同じ薬を出すんだから」

 

怖かったから、また効かない薬をもらって帰ったけど、全部捨てた。

そしてすぐに大学病院とやらに行くことにした。

結果、大学病院では、研修生みたいな若い二人組が「えっと、えっと」みたいな感じで違う薬を処方してくれて、それは湧き出るようなフケを抑えてくれたので、ほっとして仕事に行けてよかった。

 

私は基本、健康な方だと思う。

あの変な症状が出たのは、歯科治療の副作用だったんじゃないかな、と後で思った。

 

今は何かあったら自然療法で対処して、お手上げって思ったら病院に行く。

医者がエドガー・ケイシーのリーディングのように、自然界の音楽を聴けて、特に人体の組織や細胞の音楽を聴いてくれるといいのに、って思う。

 

国家試験にそんな科目があったら面白いね。