『フェイシング・アリ』映画鑑賞。モハメド・アリと対戦した10人のインタビューを軸にして当時の映像もふんだんに使いながら、アリそして対戦相手10人のボクサー人生を描くドキュメンタリー。闘った本人しか語り得ないアリとの対戦当時のことや裏話、アリの試合をプロの視点で解説するだけでなく、アリの宗教観、アリが当時のアメリカや黒人社会に与えた影響などについても話は及ぶ。アリの映画はフィクション・ノンフィクションを問わずこれまでにもいくつかある。稀代のスーパースターだけに題材には事欠かないのだろうが、このドキュメンタリーが秀れているのは10人がそれぞれどんな人生を歩んで来たかを語らせている点にある。アリと関係あるところもあれば、全く関係ないこともあるが、それがかえって10人の人生を浮き彫りにしており、彼らにとってボクシングが単に勝った負けただけのスポーツではないことを教えてくれる。自己は語ることによって構成され、語りなおすことによって再構成される。しかも、それは語りを聴いてくれる人がいなければならず、会話という形式をとって周囲にあるいは社会的に承認され共有される必要がある。画面には姿も顔も出てこないが、インタビュアーの手腕の確かさとともに、何を撮り・どこを切り取り・どう表現するかという監督をはじめ製作者の熱い意図が伝わる傑作。スポーツのドキュメンタリーは優れた作品が多いが、この作品もまぎれもなくその一つ。ボクシングや格闘技ファンだけでなく、あらゆる人に薦めたい。