大湾秀雄『日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用 』


採用や女性雇用(キャリア)や再雇用といった労働に関する社会スコープでの問題について、筆者が主催した企業人事担当者の勉強会の結果や他の研究の紹介を通じて、因果推論の手法を見せつつ比較的簡易に整理をしている本。

意図は分かるし読み物として面白かったのだが、学部計量経済学取得程度の読者の感想として、誰にとっても過不足あるような水準になっている印象を受けた。


因果推論の手法としては基本的に回帰分析で、それ自体も導出どころか散発的に技術的な注意点をコラムに押し込める程度の解説に留めており、恐らく数時間を全て読み飛ばすような読者がメインのターゲットなのではないかと思われる。


つまり、上のセミナー参加者(手を動かす)よりも、その上司や経営者に「データ活用はこんな風に役に立ちますよ」と示す本であるというわけだ。


これは、以下の実際の企業内での業務において①と⑥の部分に働きかけるということだ。

①問題提起(担当者)→因果推論プロジェクト決裁(管理職)

②モデル作成(担当者)

③データ収集(担当者、分先対象部門)

④結果検証(担当者)

⑤モデル修正→再検証(担当者)

⑥結果報告と制度へのフィードバック(管理職)


しかし、①と⑥だけに働きかけるとは、結局因果推論/仮説検証を行わない従来の意思決定、つまり定性的な経験知による思いつきの意思決定の再発明にお墨付きを与えてしまうことではないだろうか。


筆者自身以下のように述べている。

「ここで大事なのは、それぞれの要因が、なぜ離職率に影響をおよぼしているのか理由を推察することです」


これは上の社内プロセスの④であり、その後に⑤でモデルを修正することこそ科学的な施策の前提になるのだと思う。

そのために、結果に生じうる歪みとして内生性や交絡らが挙げられているはずだ。


しかし、紙幅及び想定読者のレベルの低さからかと思われるが、こうしたモデルの修正というプロセスが本の記述では見えなくなっている。

上述の内生性や交絡であれば、「最初から取り除いたモデルを立てましょう、①で想定の結果を支える結論を得られます」という流れになってしまっているというわけだ。


そのような(恐らく数式を全て読み飛ばすような)読み方をする(されてしまう)場合、結局この本は学術に権威づけられた各種の仮説をおまじないとして仕入れるためのネタ帳になってしまう。

というより、社内でまさにそういった形で引用されているのを見た。


本書では3〜8章で6種のデータ活用のトピックを扱い、学説(理論)と成功例のみの実証例を示しているが、コーポレート部門がデータ活用を本気で視野に入れるに当たってほんとに必要としているのは、寧ろワークショップでの試行錯誤においてどのような失敗モデルが形成されどのように修正したかや、データ利用の社内稟議に際してどのような理由づけが説得的であったかというような点だろうと考える。


その意味で、せっかくのワークショップ情報が……という気持ちが先に立ってしまったが、学部で勉強して以来5年ぶりに計量の教科書を引っ張り出して最小2乗法を思い出すのは楽しかったし、トピックや紹介されている理論も多様かつ実際的で、読み物としての面白さや読み口の軽さには極めて優れていた。