フィリップ・K・ディック『高い城の男』



いわゆる古典sfの有名作の一つであるように思う。
ただし、日本におけるその知名度は、英米圏での高い完成度への評価とは異なり、WWⅡの結果が逆転していたらというあらすじの喚起する「愛国心」に起因しているようだ。


作品自体は硬派でSF感が薄め。ナチスの宇宙開発なんかにその気配はあるものの、4組の人々がバラバラにストーリーを進め、結末としても無理に話を近づけない締め方をしているのが品のいい後味。世界観抜きに登場人物が魅力的で、筆者あとがきの小説論そのままだ。


日独冷戦で分割された北米大陸を舞台に、日本側の易経とドイツ側の『イナゴ身重く横たわる』という作中作(枢軸国が勝った世界で読まれる「連合国が勝利した」という小説、禁書)という2つの書物が人々を振り回す様を描いている。また、工芸品に具象化される本物と偽物に対する感覚も通底するテーマだ。


かなり色々な読み方が許されると思うが(オープンエンドに近い)、個人的には易経が現代の(洋式の)自己啓発に代わるような立ち位置になっているのが面白い。単純な領土や人種感覚、表層のイデオロギーではなく、基底にある価値観も、よくよく考えたら戦争の産物なのだ(木澤さんの記事なんかを読み返せばいいのかもしれない)。





「本当のファシストはぺらぺらしゃべらないもんだよ。実行あるのみ──おれみたいにな。そうだろう?」