素晴らしいコンサートや映画のシーンが翌日まで頭から離れず、寝ようにも、その世界が頭に残っていて目をつむっても思いだしてしまう、そんな事は珍しい。
前日乗ったフェラーリの味が、翌日まで忘れられず、308の本をひっぱり出して、フェラーリルームで読んだ。

前日乗ったフェラーリの味が、翌日まで忘れられず、308の本をひっぱり出して、フェラーリルームで読んだ。
そんな気持ちになったのはとても久しぶりです。
この 308の 超分厚い洋書 、、、、 レア アイテムだよ! 308ページあるところが、洒落てるよ!


こちらの洋書も 必見だよ!
主に 製造工程などが、詳しく書かれているネ!
富士まで、往復700キロ
行きはクアトロバルボーレ、帰りはキャブのフェラーリ308に乗せてもらいました。
結論からフェラーリ308は極めて素晴らしかった。
速さを求める理由があるならば、フェラーリ308は選択できないだろう。
しかし、スピードとの一体感
クルマとの共存感を味わうにはフェラーリ308は、うってつけだ。
フェラーリ308の快感は、フェラーリが誇ったコスト高の最高級材質クロームモリブデンのラダーフレームの上にシートをくくりつけて走っている事にある。
ギアチェンジごとに快感を感じるドライバーの右手のギアの感覚も、ダイレクトなペダル類の踏みごたえの感触もそうだ。

イタリアの田舎はモデナ
まだ、汚い工場で、ハンガーストライキの中でも汗を流して働いていた、フェラーリ社の従業員に感謝だ。
この頃の従業員の多くも今では定年となり、ぶ厚い企業年金で、今頃はのんびりワインを飲みながら暮らしているだろう。
フェラーリ308にせよ328にせよ、この味が今でも全く失われていないのはクロームモリブデンフレームのおかげだろう。
ボディを支えるサブフレームや、ボディ自体は、ヘロヘロでもかまわないわけだ。
それゆえGTSでも本来まったくもって問題はない。
何故か日本では屋根開きが人気がないようだが、実に不思議な現象だ。
フェラーリ308の140キロ位のスピード的快感をマラネロで求めた場合20
0キロ位出す必要があり、現実的には、ほとんど味わえないだろう。
また308の一体感は、モノコックボディのフェラーリでは味わう事はできない。
しかし、全てがダイレクトの為やっぱり体は疲れる。
乗った後には気持ち良いフェラーリを味わった疲労感に包まれる。
キャブの方のシートポジションは、さらに低く、ヘッドクリアランスの角度も、
いかにも姿勢の良いイタリア人的で、慣れないボクには良い意味で心地よく疲れた。

ギア比の低いフェラーリ308なら、一般道路を40キロで走っていても、とて
も楽しい。
これが、マラネロなら苦痛にすぎない。
エンジンは、キャブには独特なパンチがあり素晴らしいし、クアトロもスムーズで滑らかに回り、どちらも最高級のエンジンに違いない。
サウンドも永遠に聞いていたいと思うほどに心地よい
こんなエンジンはフェラーリだけだ。

1977年式というキャブの308は、すでに33才だ。
1977年は、ハンガーストライキで、スチールボディの生産が出来ず、FRP
ボディだったはずだが、このモデルはスチールボディだった。
量産化した モノコックボディのフェラーリが、33才になった時 どうだろう?
と心配になる。
クアトロのほうも26才
フェラーリじゃなければ、とっくにスクラップだ。
やはり、最上高級品は良い
フェラーリは走るエルメスだ。
服にせよ家具にせよ、時計にせよ、最上最高級品は、一生使える。
フェラーリ308もそんな感じだ。
長時間のドライブはフェラーリサウンドをBGMに、しゃべりっぱなしだった。
よく ここまで飽きる事なく フェラーリの話をするものだというほどに、とても
楽しかった。
最高の一時だった。
見た目は、綺麗な女性を乗せていたほうが好ましいが、やっぱり一番楽しいのは、本当にフェラーリが好きな人と2人っきりのドライブだ。
フェラーリを本当に好きな人は案外少ない事を最近ボクは知りつつある。
とても残念ではあるが、本当に好きな人は、永遠に乗り続けるだろう。
お金の問題ではなく愛情の問題だ。