言いたいことは分かるわけです。
大量生産の手段や個々の技術(ハード面)を高めていったところで、利用方法(ソフトウェア面)がうまくいかないと無用の長物となるよと。
技術が高まることで、作業が簡単になり、熟練工を抱える必要がない。そこで役に立つのがソフトウェアだよと言うわけです。
しかし、この筆者が制御の大家だと言うことから、いろいろと割り引いて考えなければならないようです。
この本では、前の大戦のことに触れられています。
あの戦争では、物量だけではなく兵器の質においても負けていた。そこにはシステムによる欠点が見られることが挙げられています。
1.日本の兵器は個々の性能を向上させることに力が注がれ、相互運用の思想に欠けている
2.当時の日本は大量生産の技術で大きく欧米に後れを取っていた
3.職人による手作業工程を残すため、部品の互換性に欠けた
4.陸海軍の縄張り意識による予算の奪い合い
大きくこんなところです。
が、どれもこれも今更な内容です。
その上、日本敗戦の影にはシステム的な欠陥があったということを強調したいがために、よく分からないことまで引っ張ってきた感があります。
また、いくつかに関しては後知恵のモノが含まれます。(つらつらと書いたのですが、感想とは言えないので追記に書きました)
それらをまとめると。
誘導魚雷搭載で音の小さい潜水艦を開発し、空母に随伴可能な高速戦艦を造り、空母の装甲を増し、開戦時から終戦近くまで戦える拡張性の高い戦闘機を使用し、砲は自走させ……無理無理w
日本のお財布には限りがあるんです。システム化しようが何しようが、出ない物は出ません。
ただし、上に上げた著者の四点の指摘はおおむね的を射ています。
戦後の日本もこういったことを引きずっているため、高度成長期以後は閉塞してる、ということなんだけど。
人件費が上がっていれば、人に頼るとコストがかかると言うことは分かる。雇用形態の変化で、労働時間の減少や労働そのものの質の低下もあるわけです。
しかし、労働の質や時間に関しては、欧米の雇用形態を取り入れた結果でもあるんですがね。派遣労働やら男女雇用機会均等なんてのが、政治も絡んだ話です。
だが、労働の簡素化やシステム化と言うことを突き詰めていくと、結局は資金を多く持ってる方が生産有利ということになります。
先進国(と筆者が言っている)欧米の真似をしていては、いつまでたっても追いつけないし追い越せません。
第一、ハードを制御するソフトウェアを作ってるのも人間なんですがね……。
ただし、こんな感想を持つのは「認めたくないから」かもしれません。
読まずに批判するのは危険なので、一読をお勧めします。
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ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる (日経プレミアシリーズ)
(2009/03) 木村 英紀 商品詳細を見る |
内容(「BOOK」データベースより)
「ものつくり」こそお家芸、この路線さえ貫けば安泰という思いが強くなっている日本。しかし、システム思考を軽視し敗北した戦前の日本軍と同じ過ちを繰り返そうとしているのだ!日本型「ものつくり」の限界を明らかにし、普遍性を追求せず、暗黙知ばかり重視する「匠の呪縛」の危険性を明らかにする警告の書。
*ここから下は乱文です。細かい問題と思われる点が上げてあります。
戦艦大和は二十七ノット。三十三ノットを出せる空母と共同作戦を行うのは難しい。
「航空機が海戦の帰趨を決めることを十分意識していた海軍の海軍の首脳部が、なぜ速度を犠牲にしてまでこのように大きく高価な戦艦を造らなければならなかったのか理解に苦しむ」
筆者がこの結論に至った過程については理解に苦しみます。
航空機が戦艦に代わる海戦の主力として考えられるようになったのは、真珠湾攻撃以降です。
それでも、「湾内で」「停泊中に」「奇襲した」だけなので不十分と見る人も多く、行動中の戦艦を沈めたマレー沖海戦によって、初めて主役交代がはっきりしたわけです。
大和の竣工は真珠湾攻撃の八日後です。海軍は受け取る八日前にキャンセルすべきでしょうか?
沖縄に海上特攻せざるを得なかった最後を見ると、結果的にはつぶして別のモノを作った方が良かったのかも知れませんがね。
開戦後、半年後に起きたミッドウェー海戦。アメリカ艦隊はレーダーによって日本軍の第一撃を不十分なモノにした。一方、日本の艦隊にはレーダーがなかったとあるわけです。
しかし、このとき日本軍の第一撃は艦隊ではなくミッドウェー島に飛んでいました。最初に日本軍機を捉えたのは島のレーダーです。
アメリカ艦隊というのは、アメリカ海軍の誤植でしょうか? それとも、マリアナ沖海戦と勘違いされているんでしょうか? そもそも、レーダー以前に暗号が解読されてたんですがね……。
また、このときのレーダーは、戦局において決定的な役割を担ったほど、大きくはありません。
レーダーの有無という一点について言及するのは、この本におけるシステムの考え方とは真逆のことになります。
続いて、潜水艦の戦績が挙げられています。
日本はアメリカに比べて非常に低い戦績です。が。
大戦全部を通算した成績を書いても意味がありません。負け戦では、たとえ優秀な兵器であったとしても性能を発揮できていないからです。
単純に質を見たいのなら、開戦後一年程度の期間で見るべきでしょう。もちろん、それでも日本の完敗でしょうが(苦笑
「アメリカの潜水艦に設置された機雷の戦果を含めると、差はもっと開く」の一節に至っては、意味が分かりません。
後で潜水艦の欠点については出てくるので、この説明はそこの補足で使うべきでした。
アメリカでは自走砲が常識となっていたと書かれていますが、常識ではないです。アメリカでも、大半の砲は普通にトラックで引っ張っています。
人力や馬で引く日本よりは先進的ですが、日本でもトラックが十分にあればトラックに引かせてますて。(発想がないのではなく、純粋に生産力がないだけ)
職人技で作られた零戦には絶妙なバランスで作られたために拡張性がなく、1年しか優位を保てなかった……ということに関しても、与えられたキャパシティを最大限に利用したと言ってもらいたい所です。
拡張性が低いのは、芸術性が高いからだけではありません。エンジンの出力が低いからと言う要因の方が大きいです。もっと高出力のエンジンさえあれば、余裕を持った設計も出来たでしょう。
仮に欧米流に戦闘機を開発したら、エンジン性能に見合った拡張性の高い凡作ができたことでしょう。
日本は不況のただ中にあり、満州に活路を見いだすなどと言うことが行われていました。さらに、当時のMade in JAPANとは粗悪品の代名詞です。
一次大戦でヨーロッパ中に粗悪品をばらまいたのですから、無理もないです。
失業者を多く抱えている上に、輸出も出来ない、熟練工が使う機械ですらも外国製だという日本には、大量生産と需要の創出という問題の解決は難しかったでしょう。
39年のノモンハンでソ連機甲部隊に大敗を喫した陸軍。その後に総力戦体勢を作ろうとしたが、待ってく出来ていない……という指摘も的外れである、
たかだか二年や三年で何か出来る物ではないし、三十九年当時のソ連に対抗できるだけの対策はしています。
進んでいないように見えるのは、諸外国がそれ以上に進んでいたり、戦車の生産数自体が少ないからです。
日本に見るべき物はある、と言う部分では、大和の射撃システムと、航空機のことについて書かれています。
ジェット機とロケット機、後退翼を外国の援助なしに独力で作ったのが「戦後に生きる」というのは持ち上げすぎです。
なぜなら、基礎的な部分はドイツからもらっているからです。
それを著者は数ページ前で指摘しているにもかかわらず……。
CADという設計ソフトについて、日本の企業が一つになって開発をしないから、シェアが低いということが指摘されています。
が、こんなものはCADという固有の物だけにとどまりません。
試しに「CADという設計ソフト」を、日本が弱い製品に変えて文を作ってみてください。
日本の企業は独自規格を作って、自社の製品を売ろうとしてる云々について。
BlueRayとHD-DVD。この規格争いではソニーと東芝を始め、多くの日本企業も参戦してるんですが。
なので、ある程度は克服できてると思えるんですが。
なんでメモリが後発の韓国や東南アジアに負けるのか。
メモリの開発は、狭いところにどれだけ多く並べられるかを競うものであり、技術的には容易なもの。よって単純なコスト競争になり、人件費が高く付加価値がつけられないので日本が不利から。
技術や生産効率が劣ってるからではない。
