コマーシャルは面白い。はーと
コマーシャルは必要ないといえばそうかもしれないけれども、私にとっては日々の生活に活力やアイディアを与えてくれる大事な媒体の一つです。ある意味心理と似ていると理解します。

”15秒”という時間の中で何を言いたいのか、何を伝えたいのかを消費者に伝える媒体。。。。。この緊張感は非常にスリリングで私を楽しませてくれます。制作者の意図はなんであるのかがわかれば実に面白いです。CMを見てどのように理解するかが問われているようで、まるで謎解きのようで楽しいのです。おおぉぉ

大半のコマーシャルは、このご時世なのでコマーシャル制作費は極力削減しています。
昔のように贅沢な芸術作品は見られなくなったけれども、それでもコマーシャルを見ると元気がでます。企業の顔としてコマーシャルを提供している会社そのものの姿をありのままみているような気がします。
飲料水・お菓子・車・スーパー・タバコなどなど庶民的なものから高級品まで様々なCMがあふれています。。。。。。それを見て”この会社はお金があるのね” ”この会社は美意識が高いのね”等と勝手な判断をするのです。大半はその企業の方針に沿ってCM制作をなされているので会社の事情が明確に現れていることもあります。例えば日本法人から外資に買収されてからCMの方向性が変ったなどといった場合です。まさに会社の今を伝える媒体なのです。

世界と比較して日本では人気のある女優さんや著名人を使い商品価値を上げようとする傾向があるように感じます。理由の一つとして一般的には他の人と同一でないと不安だったり流行に敏感な国民性が影響していると思います。さらに日本では若い媒体モデルが好まれます。消費者は同一視して自分も同じように着こなせるなどと思う人が多いように思います。
海外ではあまり知られていないモデルさんを使ってコマーシャル制作をしている事の方が多く、より一層ターゲットとなる商品なり活動なりの企業としての顔がCMの前面にでてくるのです。女の子男の子

ユーモア一杯でお腹を抱えて笑えるCM、皮肉一杯のシニカルなCM、あるいは自分の生死を予期させるような現実味あふれるCMなどなど実にバラエティ豊かで芸術性を感じさせるものも多いのです。
海外では”個々人の価値観が違って当たり前である”のが一般的な考え方なので、コアの部分を前面に出さないと商品としての価値が薄れてしまうという傾向もあるように感じます。CMを通じて会社としてのセンスも問われているような部分もあるように思います。


コマーシャルがなかったらテレビも無味乾燥なものになるだろうなぁ。。。。。。たまにCMの音響が大きくて耳に障ることもあるけれど、やっぱりコマーシャルは娯楽のアクセントとしての究極の芸術品であると思うのです。
短い15秒なり30秒の間にどれだけの表現が可能か。。。。。画像としての美しさやサウンドとの相性や照明の使い方や演出などなど。。。。。極めれば極めるほど美しいCMが人の感性に訴えます。

やはり人生には遊びの部分がないとつまらないと思うのです。すまいるぅ~





楽しい週末になりますように。



                      天使



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