秋がようやくやってきました。
ふと自分はとても恵まれていると思う事はないですか?
自分の足で歩いて好きなところに行かれる。好きな物を食べたい時に食べられる。ヨガやジムに行き身体を思い存分動かせる。親を含めた家族も平和で健康に暮らしている。友人も周りにいる。そして一番の心の安定剤になっている夫がいる。
こんな事を時々思い自分の人生を振り返って今の自分の位置を確認します。
イージーゴーイングの私でも、この奇跡とも思える幸せに感謝し毎日をきちんと生きようと思うのです。

毎日いろいろあるので、”私はこのままでよいのか。。。人生の目標を失いつつあるのではないのか。。。毎日同じ事の繰り返しでこのままで私の人生は終わってしまうのではないか。。。”などと考えたりしませんか?
もしかすると、現在のハードルが高すぎるかもしれないため微調整が必要なのかもしれません。あるいは、あまりに幸せすぎて、今の幸福に気がつかないまま自分の位置を見失ってしるかもしれませんね。
少し微調整をするあるいは自分の位置を見直す事で実感する幸福度は随分高まります。
毎日が同じように過ごせる事はある意味奇跡なのです。家族が定時に家を出て帰宅することも、ご飯が美味しく食べられることも気の置けない人達と会話を楽しめる事も奇跡の繰り返しなのです。
身体の調子が悪かったり、事故にあったりしたら、その瞬間に”通常の生活”は狂ってしまいます。そう考えれば今の自分に満足し、幸福であることに感謝しなければなりません。
脳の構造から考えると、抑圧された長期記憶は脳弓から乳頭体に存在しているといわれ、その部分に長期記憶が位置すると視床下部を刺激し体内がストレス状態になると考えられています。これを解放するのに内観療法が効果があるとされています。お世話になった事、して返した事、迷惑をかけた事を時間系列にそって考えてみることで、このストレス状態から脳を解放してくれると言われています。
少しの時間でよいので自分をふりかえることは脳という側面から見てみても理にかなった行動かもしれません。感情、思考、行動、身体反応などはすべて繋がっています。神経単位で連携しているという事を理解して生活するのは非常に効率の良い生き方だと思うのです。
この幸福の感じ方や考え方の基盤は人によってかなり違うと思いますが私の場合は子供の頃の生活にあると思うのです。
両親や祖母には感謝しなければなりません。小学校から中学までの間は随分裕福な生活をさせてもらいました。精神的・物質的には、子供なのに贅沢品というものを日常的に口にして自分の周りに高級品とよばれるものが潤沢にありました。この環境にも感謝しています。
身体的には、股関節の骨の一部が生まれながらにして欠損して2-3歳くらいまでは非常に重いギブスをはめ足を矯正しました。今の歯の矯正のようなものです。当時の写真を見るとひざのあたりが外側に湾曲しています。小学校の頃は歩いていると突然足がカクンと外れることがありましたが、慣れたもので”股関節のソケット”に脚を戻す作業を難なくしていました。外れた時は結構痛かった事を記憶しています。
20歳になるまで毎年一回股関節脱臼で有名な先生がおられる病院に通いました。状態経過を見る必要があり、親や祖母も大変だったと思います。ギブスのおかげで今は元気にどこにでも歩いて行かれるし、ジムで激しいレッスンにも耐えられます。さすがに航空会社の3次試験の身体検査ではひっかかりましたが、心の優しい外科医の先生のおかげで。。。。。なんとパスしました。先生にも感謝しています。
人は一人で行きているわけではないのです。小さい子供の頃は親の世話になり、成長すれば様々の人から学び支えられ共感し生きていると思います。今の自分があるのは周りの人のおかげでもあるのです。
たくさんの人の愛情に囲まれ、幸福な毎日を送っているのです。
もちろん自分に肯定的でない人とも出会うわけです。どこにでもいますね。そういう人に遭遇すると、とても気の毒だと思うのです。そして自分がいかに幸福かを考えると”そんな事はたいしたことない”と思えるようになる回数が増えました。
このタイプの人達は、あくまで私の予想ですが、子供の頃の環境・遺伝的なもの・その人が生まれながらにして持つ性格傾向というものが影響して、自我に歪みが生じてしまい、人が嫌がる事や他人を困らせる事を繰り返す事で自分を確認(安心感をもつため)するために他人を不快にさせる同行を繰り返してしまうのです。これも彼らにとっては”相手を通して自分を確認する”ものであり本人にとっては大事な一つの手段なのです。交流分析のなかで人生ゲームというのですが、これを断ち切らないと人間は同じ過ちを繰り返すとエリック・バーンは語っています。
思考を繰り返す度に思う事ですが、子供の時に経験したことが”今の自分の幸福のものさし”になっているように思います。
現在 母親の役割をしておられる方、近い未来のお母さんになられる方も、ご自分の子供さんを愛情一杯に育てて上げてください。もし一人で悩んでいるのなら、だれかがそばにいるはずです。
こちらから歩みよると相手も歩み寄り、いままでとは違う距離間でおつきあいが出来る事もあります。
年齢に関係なく相談にのってくれると思います。自分からアクションを起こすと回りはかならずそれに反応してくれるはずです。だってだれも一人は嫌でしょう。みんな隣人の愛を求めているのです。
今日も素敵な一日になりますように。

心理のメールカウンセリングでのご相談もお受けしております。こちらまで。

ふと自分はとても恵まれていると思う事はないですか?
自分の足で歩いて好きなところに行かれる。好きな物を食べたい時に食べられる。ヨガやジムに行き身体を思い存分動かせる。親を含めた家族も平和で健康に暮らしている。友人も周りにいる。そして一番の心の安定剤になっている夫がいる。
こんな事を時々思い自分の人生を振り返って今の自分の位置を確認します。
イージーゴーイングの私でも、この奇跡とも思える幸せに感謝し毎日をきちんと生きようと思うのです。


毎日いろいろあるので、”私はこのままでよいのか。。。人生の目標を失いつつあるのではないのか。。。毎日同じ事の繰り返しでこのままで私の人生は終わってしまうのではないか。。。”などと考えたりしませんか?

もしかすると、現在のハードルが高すぎるかもしれないため微調整が必要なのかもしれません。あるいは、あまりに幸せすぎて、今の幸福に気がつかないまま自分の位置を見失ってしるかもしれませんね。
少し微調整をするあるいは自分の位置を見直す事で実感する幸福度は随分高まります。
毎日が同じように過ごせる事はある意味奇跡なのです。家族が定時に家を出て帰宅することも、ご飯が美味しく食べられることも気の置けない人達と会話を楽しめる事も奇跡の繰り返しなのです。
身体の調子が悪かったり、事故にあったりしたら、その瞬間に”通常の生活”は狂ってしまいます。そう考えれば今の自分に満足し、幸福であることに感謝しなければなりません。

脳の構造から考えると、抑圧された長期記憶は脳弓から乳頭体に存在しているといわれ、その部分に長期記憶が位置すると視床下部を刺激し体内がストレス状態になると考えられています。これを解放するのに内観療法が効果があるとされています。お世話になった事、して返した事、迷惑をかけた事を時間系列にそって考えてみることで、このストレス状態から脳を解放してくれると言われています。
少しの時間でよいので自分をふりかえることは脳という側面から見てみても理にかなった行動かもしれません。感情、思考、行動、身体反応などはすべて繋がっています。神経単位で連携しているという事を理解して生活するのは非常に効率の良い生き方だと思うのです。

この幸福の感じ方や考え方の基盤は人によってかなり違うと思いますが私の場合は子供の頃の生活にあると思うのです。
両親や祖母には感謝しなければなりません。小学校から中学までの間は随分裕福な生活をさせてもらいました。精神的・物質的には、子供なのに贅沢品というものを日常的に口にして自分の周りに高級品とよばれるものが潤沢にありました。この環境にも感謝しています。
身体的には、股関節の骨の一部が生まれながらにして欠損して2-3歳くらいまでは非常に重いギブスをはめ足を矯正しました。今の歯の矯正のようなものです。当時の写真を見るとひざのあたりが外側に湾曲しています。小学校の頃は歩いていると突然足がカクンと外れることがありましたが、慣れたもので”股関節のソケット”に脚を戻す作業を難なくしていました。外れた時は結構痛かった事を記憶しています。
20歳になるまで毎年一回股関節脱臼で有名な先生がおられる病院に通いました。状態経過を見る必要があり、親や祖母も大変だったと思います。ギブスのおかげで今は元気にどこにでも歩いて行かれるし、ジムで激しいレッスンにも耐えられます。さすがに航空会社の3次試験の身体検査ではひっかかりましたが、心の優しい外科医の先生のおかげで。。。。。なんとパスしました。先生にも感謝しています。

人は一人で行きているわけではないのです。小さい子供の頃は親の世話になり、成長すれば様々の人から学び支えられ共感し生きていると思います。今の自分があるのは周りの人のおかげでもあるのです。
たくさんの人の愛情に囲まれ、幸福な毎日を送っているのです。
もちろん自分に肯定的でない人とも出会うわけです。どこにでもいますね。そういう人に遭遇すると、とても気の毒だと思うのです。そして自分がいかに幸福かを考えると”そんな事はたいしたことない”と思えるようになる回数が増えました。
このタイプの人達は、あくまで私の予想ですが、子供の頃の環境・遺伝的なもの・その人が生まれながらにして持つ性格傾向というものが影響して、自我に歪みが生じてしまい、人が嫌がる事や他人を困らせる事を繰り返す事で自分を確認(安心感をもつため)するために他人を不快にさせる同行を繰り返してしまうのです。これも彼らにとっては”相手を通して自分を確認する”ものであり本人にとっては大事な一つの手段なのです。交流分析のなかで人生ゲームというのですが、これを断ち切らないと人間は同じ過ちを繰り返すとエリック・バーンは語っています。
思考を繰り返す度に思う事ですが、子供の時に経験したことが”今の自分の幸福のものさし”になっているように思います。
現在 母親の役割をしておられる方、近い未来のお母さんになられる方も、ご自分の子供さんを愛情一杯に育てて上げてください。もし一人で悩んでいるのなら、だれかがそばにいるはずです。
こちらから歩みよると相手も歩み寄り、いままでとは違う距離間でおつきあいが出来る事もあります。
年齢に関係なく相談にのってくれると思います。自分からアクションを起こすと回りはかならずそれに反応してくれるはずです。だってだれも一人は嫌でしょう。みんな隣人の愛を求めているのです。
今日も素敵な一日になりますように。

心理のメールカウンセリングでのご相談もお受けしております。こちらまで。
