先日、ショートステイの施設の見学と契約に、妻と息子を連れて行った。ショートステイの利用は今までなく、今後必要だと思っていたが、ヒルナミンを服用するまでは息子が手がつけられない状態だったのでなかなか行けなかった。

 11月に私の仕事と妻の用事が重なり1〜2日利用するかもしれないので今回やっと平日に時間を作って訪問した。ショートステイの施設は私に住む市にも数多くあるが、今回選定した基準はショートステイと居住型施設を併設している事だ。理由は言うまでもなく、いずれ親が面倒を見れなくなれば息子はどこかに預けなければならない。その前に環境の良い施設を探し、ショートステイでそこの利用実績を作り、また息子をそこに慣れさせたかった。

 今回は息子の通う支援学校と薄い付き合いのある相談員のピックアップによる。そもそもショートステイと居住型を兼ねた施設というのが少ないのか、その相談員が挙げたのが平和寮と、もう一つが今回の施設だ。結論から言うと、この条件に無理があったようで、我々は失望することになる。

 予約をして現地を訪れたとき、外観も面談した事務所も、古くはあったが特に不安になるような点はなかった。しかし担当の人と話しているうちに違和感を感じ始めた。息子は幸い機嫌がよく、話が長くなって多少ごねたが大人しく横に座っていた。部屋の外も静かで、遠くで職員の談笑する声が聞こえる。違和感は担当者の話しぶりにあった。所定の質問(息子の障害の程度や生活状態等)をする間も当の息子本人にほとんど関心を向けてなかった。いや息子だけでなく私達夫婦にも、だ。話しぶりに熱はなくただありふれた所定の質問を機械的にこなすだけだった。別に横柄でも雑でもない。丁寧かつ親切に我々の質問に答えてくれたのだが、向こうからの積極的な質問はなく、施設の余分な説明もなかった。要するにやる気が見えなかった。さらに言えば我々にも施設にも他人事のようだった。

 先に契約を済ませて実際入居する場所を見学せてもらうことになった。順序が逆なのが少し気になった。事前の電話では、施設が古いので実際に見て貰ってからの契約になります、と言っていたはずだ。しかし私達夫婦はこの時まだ楽観していた。

 事務所を出て受付の前を通って反対側の、中庭を出るドアを解錠したとたん、し尿の匂いが私達を襲った。あちこちから獣たちの雄叫びが古びた壁と天井に反響する。目の前の廊下を入居者がゾンビのように当てもなく徘徊している。案内された就寝する部屋はドアのない六畳間で説明ではそこに4人が布団を敷いて寝るということだった。言うまでもなく狭い。テレビも何もなく布団を4枚敷いたら一杯だ。突然、浴場から全裸の男性が走り出して大声で笑った。廊下の先はアリーナ(?)で、そこは大型のテレビがあるだけのガランとした大部屋だった。何人かの入居者が寝転んで宙を見つめている。そしてどこもかしこも例のし尿の匂いが立ち込めているのだ。小学校のニワトリ小屋の匂いを思いだす。総じて、そこは見るものにとって地獄だった。そして当の入居者はその地獄を地獄と感じることが出来ない。

 私と妻はこわばった笑顔のまま早々に退散した。車中で話はしなかったがお互い考えていることは同じだった。あんな所に息子を入れるくらいなら殺したほうがマシだと。

 翌日、担当者に電話して、施設利用は多分ないと伝えた。担当者は丁寧だが感情のない口調で、そうですか。分かりました、契約があるから何時でも入居はできますから大丈夫です、と答えた。

 あそこの入居者たちの障害の重さは我々の息子と大差ない。殆どが成人しているが息子と同年代(中学生)も何人かはいるそうだ。捨てられたとしか言いようがない。妻は、よだれを垂らしている者が多かったからたぶん薬漬けにして攻撃性を抑えているのだといった。そうでもしないとあの数の重度知的障害者を少人数(世話人は4〜5しかいないようだった)で管理は出来ない。

 必要な施設だとは思う。しかし、ならばもっと補助金を支出するべきだろう。そうすればあの担当者ももっと熱意を持って職に務められるはずだ。

 ところであのような南米の刑務所以下のような環境に障害者が放置されている事実は、一体誰の意思で隠されているのだろうか。この国は老人に金をかけることしかしない。テレビはこぎれいな軽度の知的障害者を集めてチャリティ番組をつくることしかしない。地獄の門は永遠に閉ざされ、入居者は家畜のようにし尿にまみれ、自分が地獄にいる事も理解できず死んでゆく。誰が植松を悪く言えるのか。

 私達夫婦は、これから息子の入居先を探す長い旅に出る。その経過はこのブログで報告する。