1933年制定のグラス・スティーガル法は、世界大恐慌の教訓を生かし、株式・債券市場の混乱から預金者の預金を保護するために銀行と証券を分離するというものだった。これは日本の金融制度にも多大な影響を与え、銀行と証券は規制によって守られ互いに別の業態として発達してきた(尚、日本ではバブル後に護送船団方式と揶揄されため、1998年金融ビックバンによって金融持ち株会社下における銀行と証券の兼業が許された)。
米国でも99年の規制緩和によって事実上の銀証分離は終焉していたものの、ゴールドマン、モルガンスタンレー、メリル、リーマン、ベアーの5社はInvestment Bankとしての業態を維持、従来の資本市場における株式・債券引受業務やM&A助言だけでなく、自身のバランスシートを使って投資し、それを証券化した後に機関投資家へ売却するアセット回転型のビジネスを展開、高収益により成長を続け、ウォールストリートに名を轟かせてきた。CEOは数千万ドルの報酬を手にし、日本法人の社員でも数千万円から億単位の給与を得るステータスは、恐らく金融に飛び込んだ者なら誰もが一度は憧れた世界だっただろう。
そのビジネスモデルが、一昨日、終焉を迎えた。
一年前の八月、クレジットクランチが始まった当初、誰がこの状況を想像できただろう?
CEOが更迭されて、状況が更に深刻になる予想はできても、米国金融システムがここまで瓦解すると誰が想像できただろう?
3月のベアー救済で、誰もが一旦これで持ち直すと考えた。クレジットスプレッドは大幅にタイトニングし、市場は安定方向に向かっているように見えた。しかし、住宅価格の下落は止まらず、また膨らんだ風船が萎むように、レバレッジが大幅に低下したデット市場が回復する事は無かった。資産デフレが続く以上、アセットの中身の劣化は止まらず、更に急激に彼らのバランスシートは腐っていった。そして、夏ごろから証券会社のクレジット不安が囁かれるようになった。
「リーマンがもたないかもしれない」 こんな噂が流れだしたのは、夏頃だった。
<続く>