永住権を取得できる職業に会計士がありました。


英語が不自由なのでなるべく負担の少ないように整備士を選んだんですが、それがそもそも間違いでした。

英語云々以前に、彼は車に全く興味なかったんです。

今なら、「それじゃ、ムリじゃん」とはっきりわかりますが、永住権、永住権、と思っていた当時はそんな基本的なこともみえなかったようです。


会計を英語で勉強なんてムリかな・・・とかなり気弱だった彼を、またもや無責任に「できるんちゃう~?」とドーーーンと背中を押して(蹴って?)みました。


ブリスベンにある大学3校に願書を出したら、運良くすべてから合格通知が届きました。


それでも、小心さ丸出しの彼は「留学生の多い学校がいいかな?」「小さい学校のほうが親切かな?」と頭を悩まし始めます。


「そんなん(知名度の)ええ学校がええに決まってる!!」(妻)


2003年7月。UQ大学のマスター・オブ・アカウンティングに入学しました。







主人は始めはTAFEで、車の整備の勉強を始めました。

当時は1年半の学業を終えれば永住権を申請できる、ということでした。

元々、車が好きでもなんでもない彼は毎日足をひきずるようにバックパッカーズ(家を探すまで1ヵ月過ごした)を出て行ってました。

私は毎日1人でシティに出かけ、無料英会話学校を次々と探し出し、久々の豪生活を嬉々として満喫していました。

しかし、相反して日々暗くなっていく主人。

車の教科書を見る目もうつろ・・・。


もしかして、学校辞めてしまう??もうオーストラリアとおさらば??


それを後押しするように、移民法の改正。改悪・・・。


1年半の学業では、無事卒業したところで永住権のポイントに足りないことに。


そこで彼がいいました。「実は会計が勉強したかった・・・」と。




私達夫婦がオーストラリアへ永住したいと思ったのは、2002年のころでした。


知り合う前から2人とも一年間豪州で過ごしたことがあったので、漠然「将来住めたらいいなぁ」とそれぞれに思っていました。

それをどちらから口にしたのかは忘れましたが、元々他力本願で人をおだてるのが趣味のO型の私が「あなたなら永住権も夢じゃない!!」と無責任にけしかけ、小心者でなかなか前に進まない年下のA型夫を丸め込んだことには違いありません。


会社勤めを始めたばっかりの夫は、妻の口車にまんまと乗せられ、またまた学生へと後戻りすることに。


けしかけ役の私は、それから一切手伝うことなく、彼がどうやって学校を選び、学生ビザを取得したのかは全然記憶にないのですが、とにかく2003年3月、彼の学校の入学日から遅れること1週間、やっとビザを手に入れ、次の日にブリスベン空港に降り立ったのでした。